「ランニングは必要ない」という考え方は、メジャーリーグから伝わってきたものだろう。実際、メジャーリーグでは、ランニングのメニューは「トレーニング」ではなく「コンディショニング」に分類されている。身体を鍛えるためのものではなく、調整の一環だと考えられているわけだ。
ではメジャーリーガー……そのなかでも、とくにピッチャーたちはいっさい練習で走らないかと言えば、決してそんなことはない。
僕がMLBシカゴ・カブスから福岡ソフトバンクホークスに移籍して日本球界に復帰したのは2016年のことだが、少なくとも僕がカブスに在籍していた当時、練習にランニングを取り入れていたチームメイトのピッチャーは何人もいた。
そこに年齢的な偏りはなく、体力のある若手から30歳を超えるベテランまでが、かなり息が上がるくらいのランニングメニューをこなしていた。
もちろん、逆に練習中にほとんど走らないピッチャーも大勢いた。
走る選手は走るし、走らない選手は走らない。両極端に分かれていた感じだ。
ランニング肯定派、否定派それぞれに言い分があるわけだが、はたしてピッチャーにランニングという練習は必要なのだろうか?
結論から言うと、僕はランニング肯定派だ。
これまでの野球人生でも練習中に走り込んできたし、現在もランニングは僕のなかで重要な練習メニューの1つになっている。
僕がなぜランニングを練習メニューに取り入れているのか?
それは、「走る動作」と「投球動作」には共通点があるからだ。もう少し詳しく説明すると、ランニングの作業と、試合で先発してイニングを重ねてマウンドを守る作業とが、じつはよく似ていると僕は考えている。
一定のランニングを続けて疲れてくると、次第に顎が上がり、体幹がぶれて、脚も上がらなくなってくる。
同じように先発マウンドでも、イニングが進むと疲れが溜まり、身体が開いたり、肘が下がったりして投球フォームが乱れやすくなる。投球フォームの乱れは、球威の衰えやコントロールの低下に直結し、結果、失点→降板の流れにつながってしまうというわけだ。
先発ピッチャーとして、できるだけ長いイニングのあいだ、マウンドを守るうえで大切なこと―それは、できるだけ投球フォームを乱さずに投げ続けることである。
僕はこの「疲れてきても安定したフォームを維持する」ための練習として、ランニングを取り入れているのだ。
たとえば、インターバル走10本が限界のピッチャーが、先発した試合では80球で疲れが出てくるとしよう。その場合、彼が12本まで走れるようになれば、100球までフォームを乱さずにいいボールを投げられるようになるかもしれない。15本までいけたら、120球はいける。あくまでも単純化した例ではあるが、基本的にはこのような考え方をしているのだ。
ランニングでも徹底的にフォームにこだわっているので、ただ漫然と疲れと戦いながら走っているわけではない。股関節をしっかり使えているか。腰が反っていないか。腕の振りが乱れていないか。本来使うべき筋肉とは別の筋肉が機能していないか。走りながらすべて自分で確認するのは限界があるので、つねにトレーナーにフォームの乱れをチェックしてもらっている。
人間の身体は、疲れが溜まってきたときなどに、使う筋肉をスイッチして、別の筋肉で補おうとすることがある。この「代償運動」が習慣化し、脳がそれを覚えてしまうと、マウンド上で疲れたときにも代償運動が発生するようになる。これが無意識のうちに投球フォームの乱れにつながるわけだ。
ピッチャーに自覚がないにもかかわらず、登板中に急に球速が落ちたり、コントロールが低下したりするのは、こうした代償運動が原因になっているのだと思う。
だからこそ、僕は正しいフォームで走ることを心がけている。フォームを乱してまで走り続けてしまっては、無意味どころかマイナスに作用する可能性すらある。
以上が、僕がピッチャーの練習にランニングが必要だと思う理由だ。ランニングをしないで結果を残しているピッチャーもいるので、すべての選手にあてはまるとまでは断言しない。だが僕にとってランニングは、コンディショニングの一環ではなく、あくまでもトレーニングとして重要な位置を占めている。
もちろん、ランニングは「これさえやっておけば何も問題ない」という類の万能メニューではない。走る動作と投げる動作では、使う筋肉がまったく異なるので、別個に鍛える必要がある。その際にはウエイトトレーニングなどが有効だろう。
球威のあるボールを投げるためには高い出力が必要で、そのためにはウエイトトレーニングは不可欠だ。実際、僕もウエイトトレーニングを取り入れている。しかし、それだけではカバーできない領域もある。
結局、ランニングにせよ、ブルペン投球にせよ、ウエイトトレーニングにせよ、練習というのは、どこに目的を定めてやるかが重要なのだ。
これはピッチャーだろうとバッターだろうと関係ない。どんなスポーツにも言えることだし、場合によっては、ふだんの生活や仕事にも通じることかもしれない。
練習は、その目的を達成するための手段に過ぎないのだ。だからこそ、自分の頭で考えて、「何のために走るのか」「何のために素振りをするのか」「何のための筋トレなのか」といった目的意識を持たなければならない。そうしなければ、練習は本来の効果を発揮できない。
そのような目的を抜きにして、「ランニングはピッチャーには必要か不要か」という議論をすること自体がナンセンスではないだろうか。