アート思考と似て非なるもの――「花職人」という道

あと少しだけ、たとえ話を続けます。

世の中には、アーティストとして生きる人がいる一方、タネや根のない〝花だけ〟をつくる人たちがいます。彼らを「花職人」と呼ぶことにしましょう。

花職人がアーティストと決定的に違うのは、気づかないうちに「他人が定めたゴール」に向かって手を動かしているという点です。
彼らは、先人が生み出した花づくりの技術や花の知識を得るために、長い期間にわたって訓練を受けます。学校を卒業するとそれらを改善・改良し、再生産するために勤勉に働きはじめます。

花職人のなかには、立派な花をつくり上げたことで、高い評価を受ける人もいます。
しかし、どんなに精巧な花であっても、まるで蝋細工のようにどこか生気が感じられません。
たとえ花職人として成功を収めても、似たような花をより早く、精密につくり出す別の花職人が現れるのは時間の問題です。そうなったとき、既存の花づくりの知識・技術しか持たない彼らには、打つ手がありません。

とはいえ、誰もが最初から花職人になることを志しているわけではありません。一度は自分の「興味のタネ」から「探究の根」を伸ばそうと踏み出したものの、道半ばで花職人に転向する人も多くいます。
なぜなら、根を伸ばすには相当な時間と労力がかかるからです。「これをやっておけば花が咲く」という確証もありません。その間、周囲の花職人たちは美しい花をどんどん咲かせ、地上でそれなりの成功を収めていきます。ほとんどの人は、途中まで伸ばしかけた根を諦めて、花職人になる道を選びます。

「アーティスト」と「花職人」は、花を生み出しているという点で、外見的にはよく似ていますが、本質的にはまったく異なっています

「興味のタネ」を自分のなかに見つけ、「探究の根」をじっくりと伸ばし、あるときに独自の「表現の花」を咲かせる人――それが正真正銘のアーティストです。
粘り強く根を伸ばして花を咲かせた人は、いつしか季節が変わって一度地上から姿を消すことになっても、何度でも新しい「表現の花」を咲かせることができます。

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