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みなさん、実際にイメージは膨らみましたか?

きっと「地面から顔を出した鮮やかな黄色の花」を思い浮かべた人がほとんどではないかと思います。

しかしじつは、それはタンポポのほんの一部にすぎません。
もう少し想像を膨らませて、地面のなかを覗いてみましょう。

地中には、タンポポの根が伸びています。それは、まるでゴボウのように真っ直ぐで太く、目を疑うほど長く続いています。ものによっては、なんと1メートルに及ぶことすらあるのだとか……。

もうちょっと別の角度でも見てみましょう。

タンポポが花を咲かせている期間は、1年間のうちどれくらいなのかをご存知ですか?
いつでも道端に咲いているような印象もありますが、1つの花が姿を見せるのは、1年のうちなんと「たった1週間程度」です。
春先に短い開花時期を終えたタンポポは、すぐに一度しぼんで、約1ヵ月後、綿毛に変身を遂げます。春の終わりに綿毛を飛ばし終えると、夏には根だけになって、地上からはすっかり姿を消してしまうのです。秋が来ると葉だけを地上に出し、そのまま冬を越します。

そう、あなたが思い浮かべた「黄色い花を咲かせたタンポポ」は、さまざまに姿を変える大きな植物の〝ほんの一部・一瞬を切り取ったもの〟でしかありません。
空間的にも時間的にも、タンポポという植物の大半を占めているのは、じつは目には見えていない「地下」の部分なのです。

アート思考を構成する「3つの要素」

「アート」というのは、このタンポポに似ています。そこで、アートを「植物」にたとえてみたいと思います。

アートという植物」は、タンポポのそれとも違う、不思議な形をしています。
まず、地表部分には花が咲いています。これはアートの「作品」にあたります。
この花の色や形には、規則性や共通項がなく、じつに多様です。大ぶりで奇抜なものもあれば、小さくて目立たないものもあります。
しかし、どの花にも共通しているのは、まるで朝露に濡れているかのように、生き生きと光り輝いていることです。
この花を「表現の花」と呼ぶことにしましょう。

この植物の根元には、大きな丸いタネがあります。拳ほどの大きさで、7色が入り混じった不思議な色をしています。
このタネのなかには、「興味」や「好奇心」「疑問」が詰まっています。
アート活動の源となるこのタネは、「興味のタネ」と呼びたいと思います。

さて、この「興味のタネ」からは無数の根が生えています。四方八方に向かって伸びる巨大な根は圧巻です。
複雑に絡み合い結合しながら、なんの脈略もなく広がっているように見えますが、じつのところ、これらは地中深くで1つにつながっています。
これが「探究の根」です。この根は、アート作品が生み出されるまでの長い探究の過程を示しています。

「アートという植物」は、「表現の花」「興味のタネ」「探究の根」の3つからできています。
しかし、タンポポのときと同様、空間的にも時間的にもこの植物の大部分を占めるのは、目に見える「表現の花」ではなく、地表に顔を出さない「探究の根」の部分です。
アートにとって本質的なのは、作品が生み出されるまでの過程のほうなのです。

したがって、「美術」の授業で依然として行われている「絵を描く」「ものをつくる」「作品の知識を得る」という教育は、アートという植物のごく一部である「花」にしか焦点をあてていないことになります。