ホリエモンも地道な努力があって
好きなことに没頭できている

箕輪 今お話ししていて思ったんですけど、「will」の状態になって、好きなことに没頭していると、自分の「must」の時期を記憶から消失させているんですよね。でも、思い返してみると、僕も最初に勤めた双葉社時代は、電話応対したり、先輩の経費精算をしたりと、自分が最もやりたくなくて、向いてもいない仕事をやっていたんですよね。そこを伝えないとダメですね。

ムーギー 堀江貴文さんも『遊ぶが勝ち!』という本を出版されましたけど、これも誤解する人は誤解しますよね。「must」をすっ飛ばして、遊びだけやればいいんだみたいに。

箕輪 そこはすごく難しいところなんですよね。確かに、地道な努力をすっ飛ばしたメッセージにとられかねないんですけど、「must」のことばかり伝えても、それだけになって小さくまとまっちゃうリスクもあって。

ムーギー 読み手のリテラシーとバランス感覚が試されますね。

箕輪 まさにそうです。タイトルではかなり極端なメッセージを発信していても、ちゃんと読めば「must」についても書いてあるんですよ。例えば、ホリエモンも『多動力』では、ゼロを1にする努力、地道な足し算がなければ、かけ算をしてもムダだよって言っているんですけど、多くの人はやっぱり、キャッチーな方、ラクな方に流れますから、編集者としては迷うんです。

 ただ、僕は自分が『多動力』という本を編集して、そこに書いてあることを全て体に染み込ませて、その通りに実行したら、人生がガチで変わったんですよ。なので、極端なメッセージもまず届けるという意味では、必要な部分もあるんですよね。

ムーギー どれだけ良い本を読んだところで、「読み手の受信力」が低ければ、著者が伝えたい本質的メッセージが伝わってないことって多いですものね。

 堀江さんや箕輪さんを、「受信力」という意味でのコミュ力が低い人が読むと、must-can-willで成長するのではなく、will-will-willばかり先走って、転落人生を歩む人が出てしまいそうな気もします。

 本質を読み解くコミュ力を伸ばさないと、本を読めば読むほど、キャッチーなタイトル以外のメッセージや文脈を読み取れず、あさっての方に暴走して自滅してしまう人がいるというか。

※第3回に続く