新型コロナウイルスの検査で急に聞くようになった「PCR」。検査精度があまりよくないという印象があるかもしれないが、実は1980年代に開発されて生物学(生命科学)に革命をもたらし、ノーベル賞のテーマにもなった技術であることはあまり知られていない。そもそもPCRとは何だろうか。PCRを思いついた破天荒な研究者と、温泉に生育する微生物によるイノベーションを紹介する。(サイエンスライター 島田祥輔)

DNAを10億倍に
増やすPCR

PCR検査のサーマルサイクラーと呼ばれる機器温度などの条件決めさえうまくやれば、簡単にできるPCR。しかし、「実験」と違い、病気の「検査」に用いるには難易度の高い技術である Photo:Reuters/AFLO

 PCRは、実はDNAを扱う研究室では日常的な実験の1つとして、とても有名だ。筆者は大学院で、受精卵から体が作られるときに、どんな遺伝子が機能して何が起きているのか調べる「発生学」という分野で基礎研究をしていたが、PCRにはとてもお世話になった。

 PCRの正式名称はpolymerase chain reactionで、日本語では「ポリメラーゼ連鎖反応」と訳される。ポリメラーゼという言葉の意味や詳しい原理は後で説明するとして、ポイントは「連鎖反応」というところだ。

 PCRを簡単に表現するなら「DNAの倍々ゲーム」。生物を特徴付ける遺伝子の本体であるDNAを増やしていく。2倍を30回やれば約10億倍に増える。

コロナで注目のPCR、実はノーベル賞を取った「革命的技術」を徹底解説イラスト:島田祥輔(以下同)

 しかも、狙ったところだけを正確に増やしていく。例えば、ヒトならDNAを全部伸ばすと約2メートルの長さになるが、0.00002ミリメートル単位で狙いを定めて、そこだけ増やすことができる。

 増やしたDNAを調べれば、どんな遺伝子を持っているか推定でき、生物の中で何が起きているかという、根源的な謎を解明する基礎研究でとても役立っている。

 PCRは検査方法の1つとしても、いろいろな分野で活用されている。食品分野であれば、米や肉牛などの品種を見抜くことができ、遺伝子組み換え作物かどうかもわかる。

 犯罪捜査や親子鑑定では「DNA鑑定」という言葉が出てくるが、その実態はPCRだ。日本の犯罪捜査では、15カ所のDNAをPCRで増やして調べることで、他人同士で偶然に一致する確率を約5兆分の1にまで下げている。

 そして、ウイルス検査でもPCRが使われている。ウイルスは非常に小さく、通常の顕微鏡では見ることができない。そこで「確実に存在する」ことを証明するための方法の1つとして、ウイルス特有の遺伝子があるかどうかをPCRで調べる。ウイルスが少なくても、最初に述べたように10億倍に増やせば調べることができるのだ。