電力業界の盟主で、経団連会長を輩出したこともある東電HDだが、2011年3月の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故を境に、その威信は地に落ちた。目下、福島の復興はもちろん、50年近くに及ぶともいわれる福島第一原発の廃炉作業の完遂というミッションが課されている。廃炉や賠償など含めた「福島費用」は、少なくとも22兆円に上るとされ、一企業には重すぎる“十字架”を背負う。

 わざわざ火中の栗を拾う経営者は、ついぞ現れなかった。

 東電HDとしては、次期会長にと願う大本命がいた。しかし、誤算が重なり、口説き落とせなかったのである。

大本命は日本製鉄の宗岡相談役
「鉄の人は修羅場をくぐっている」

 東電HDが次期会長の大本命としていたのは、日本製鉄相談役の宗岡正二氏だった。

 宗岡氏は1946年生まれの74歳。2008年、新日本製鉄の社長に就任し、12年10月に住友金属工業との統合により誕生した新日鉄住金の会長兼最高経営責任者を務めた。19年から現職。日中経済協会会長も務める、財界の重鎮である。

日本製鉄相談役・宗岡正二氏と経団連会長の中西宏明氏東電が次期会長の大本命としていた日本製鉄の宗岡正二相談役(左)は日中経済協会の会長も務める財界の重鎮である Photo:JIJI

 東電HD内では、鉄鋼業界への“信仰”が厚い。宗岡氏の他に会長候補として前出の三村氏や日鉄現会長の進藤孝生氏の名が挙がり、彼らも「鉄の人」。川村氏の前に会長を務めていたのは、JFEホールディングス元社長の数土文夫氏だった。

 ある東電関係者は「鉄は国家なりという言葉があるように、鉄鋼業界の重鎮は多くの修羅場をくぐってきている。だからこそ、宗岡さんに会長を託せる」と明かしていた。

 しかし、東電HDは大本命である宗岡氏を口説けなかった。そこには思わぬ誤算が二つあった。