なぜなら、本来、「戦略」というものは、「現在」の延長線上につくるのではなく、「あるべき未来」から逆算(バックキャスティング)してつくられるべきものだからです。つまり、「戦略」とは、現状と非連続なものでなければならない、もっと言えば、現状否定の要素が含まれていなければならないのです。そして、「ファイアストンの買収」という戦略は、まさに究極のバックキャスティング思考の産物でした。

 ところが、現場というものは、現状を少しずつ改善(フォアキャスティング)していくものです。そのため、バックキャスティングで考える「戦略」は、必然的に現場からの抵抗を受けるものにならざるをえません。「ファイアストンの買収」という戦略は、究極のバックキャスティング思考の産物ですから、現場から激しい抵抗を受けるのは当然の結果なのです。

 しかし、当時の私は、そこまでの認識はありませんでした。ただひたすら、経営と現場の間で泥まみれになりながら、コトを前に進めていくのみ。そんな「泥臭い」生活が3年続きました。

参謀の最大の武器は、「現場に近い」ことである

 能力はいつも無理やり広げられる――。
 このときのことを思い返すと、そう思わざるをえません。自分の実力では対処しきれないような状況に置かれて、「なんとかしなければ」と尻に火がついてもがくなかで、能力は無理やり広げられる。それが、人間の成長というものだと思うのです。

 私が、その後、ブリヂストンのタイ法人、ヨーロッパ法人、そして本社のCEOとしての任務をまっとうすることができたのも、このときに鍛えられた能力に支えられていたからだと実感します。

 しかも、ブリヂストン経営陣と全社員一体となった努力によって、長い年月はかかりましたが、ファイアストンの買収は成功。ブリヂストンが、フランスのミシュランを凌いで、世界トップシェアになる礎となりました。当時の社長の英断に改めて感嘆の念を覚えるとともに、微力ながら、私も、あの一大プロジェクトに貢献できたことに、深い喜びを感じます。

 そして、いま思えば、社長が私に求めていたのは「参謀」としての役割でした。秘書課長の辞令を受けて、社長のもとに挨拶に行ったときに、社長はぶっきらぼうに、こんな言葉を私に投げかけました。

「お前はおとなしそうに見えるが、上席の者に対して、事実を曲げずにストレートにものを言う。俺が期待しているのはそこだ」

 私の最大の武器は、現場に近いことでした。
 だから、現場に足繁く通い、彼らの話に耳を傾けるとともに、現場の現実を肌身で感じ取りました。そして、社長の意に添わないことであっても、会社にとって必要なこと、そして、戦略遂行のために必要なことであれば、言葉を選びながらも、臆せず進言しました。

 社長も人間です。私のような若造が反論するのを聞いて、みるみる機嫌が悪くなることもありましたが、それでも、私の進言を受け入れて、方針を修正されることもありました。そして、徐々に、私の意見を求める機会が増えていったのです。