「トラブル」が起きるのが、
正常な状態だと考える

 とはいえ、それが難しいのも事実です。

 予期せぬトラブルに見舞われたら、誰だって心臓がドキドキしてくるのが当然の反応です。何事にも動じない心境になど、常人にはなかなかなれないものです。だから、私は、常々、トラブルが発生したときには、こう自分に言い聞かせてきました。順調にトラブルは起きる。トラブルが起きているから順調なのだ、と。

 もちろん、いい加減な仕事をしてトラブルが起きたっていいじゃないか、などという意味ではありません。

 世の中は自分を中心に回っているわけではありませんから、どんなに完璧を期したとしても、こちらの見込みどおりに仕事が進むとは限りません。むしろ、思ったとおりに仕事が進んでいるときが例外なのです。

 だから、私は、トラブルに見舞われるたびに、「トラブルを気に病むな。やっぱり起きたか。順調だな、と思え」と何度も何度も自分に言い聞かせてきました。そして、トラブルに直面して動転しそうになる気持ちを受け流して、冷静に解決策を考え、一刻も速く行動に移すことに全精力を集中させてきたのです。

 言い方を変えれば、「合目的的」であることに徹するとも言えます。

「合目的的である」とは、目的に合致することだけやり、合致しないことは一切しないということ。トラブルが起きたときに感情的になって、現場を責め立てても、問題は一切解決しないうえに、現場の自尊心を傷つけたり、「トラブル隠し」が常態化するなどの、深刻な反作用を生み出します。それらは、まさに「反」合目的的な行動なのです。

 つまり、先ほど私は、トラブルに直面しても動じない「胆力」が必要と書きましたが、それは、精神的な強さによって実現されるものと捉えるのではなく、合目的的な思考に徹することで実現されるものと捉えたほうがいいのです。

 誰だって、トラブルに見舞われたら、ネガティブな感情が湧き上がってきますが、その感情を意志の力でねじ伏せようとするのではなく、「トラブルが順調に起きている」と受け止め、ひたすら合目的的に行動することに集中すればいい。そうすれば、自然と、感情に翻弄されるような愚は犯さなくなるものなのです。

現場から相談されるか否かが、
「参謀力」の試金石となる

 むしろ、参謀たる者、トラブル報告を待つのではなく、先回りして現場のトラブルを掴みにいくくらいでなければなりません

 私は、秘書課長になってから、頻繁に現場に顔を出してコミュニケーションを取るように心がけていましたが、現場が信頼してくれるようになると、徐々に、「実は、“ちょっと”まずいことがあってね……」「“ちょっと”相談に乗ってくれないか? 困ってることがあるんだ」といった相談を受けることが増えていきました。

 この「ちょっと」という声をかけられることが、参謀の試金石になります。

 参謀が、現場にトラブルの兆候がないかを“嗅ぎ回る”ようなことをすれば、警戒され、信頼を失うだけです。逆に、日頃のコミュニケーションを通じて、現場からの信頼を得ていれば、現場のほうから「ちょっと」と声がかかる。トラブルに「先回り」することができるわけです。これこそが、参謀たるものの重要な資質であり、「2級の参謀」と「1級の参謀」を分ける尺度にもなるのです。

 そして、現場の「困りごと」「トラブルの芽」を解決する手伝いをすることができれば、現場に喜ばれるのはもちろん、会社のリスクを減らすことができますし、大ごとになって社長を煩わせることもありません。

 だから、現場から「悪い報告・相談」を受けたときには、ネガティブな反応は絶対にしないように心がけていました。相手は、私の背後に、権力者である社長の存在を見ています。私が、ほんの少しでも動揺する仕草を見せれば、それが“悪い形”で社長の耳に入って、厳しい制裁を受けるかもしれないと、防御的なスタンスに切り替える恐れがあるからです。

自然に「悪い報告・相談」が
集まる存在になる

 もちろん、私は凡人ですから、内心では「弱ったな……」「この忙しいときに、面倒なことになりそうだな……」と思わなかったと言えばウソになります。しかし、それをわずかでも悟らせてはいけない。とにかくフラットな気持ちで、「悪い報告・相談」に向き合い、会社にとってベストの解決策を現場とともに考えるスタンスを徹底したのです。

 そして、私が、社長に報告・相談するときには、一切のごまかしなく、現場で起きていることを伝えますが、必ず、現場とともに練り上げた解決策も併せて伝えるようにしました。現場をかばおうと、真実を隠すような報告をするのは論外。重要なのは、社長が納得するに足る「解決策」を、現場とともに考えることなのです。

 それでなくても、私が仕えた社長はアメリカの超名門企業・ファイアストンの買収という重大な案件に骨身を削っている状況でしたから、現場のトラブルを聞いて苛立ちを覚えるのもやむを得ないことです。しかし、「解決策」もワンセットで伝えれば、ほとんどの場合、「それでちゃんと対応しろ」と指示をして終わり。大ごとになることはほとんどありませんでした

 こうして、現場から自然と「悪い報告・相談」が私のもとに集まるようになり、未然に大きなトラブルを防止することができれば、現場からも、社長からも信頼を勝ち取ることができます。その結果、参謀としての仕事がより一層やりやすくなる好循環が始まるのです