上司に「逃げ道」を与えるのは、
本当に正しいことなのか?

 しかし、このような「不健全な依存関係」は、組織を内部から腐らせていき、社外をも巻き込む大きな問題が発生することで、一気に組織を崩壊の危機に陥らせることになります。このような関係性が生まれることは、組織にとって、きわめて深刻な問題をもたらすのです。

 私自身、社長になったときに、そのような怖さを何度も感じました。
 たとえば、こんなエピソードがあります。かつて、ブリヂストン製品の海外販売において、販売手数料の一部が、現地の公務員にワイロとして渡った疑いがあることが発覚したことがあります。

 これは社内コンプライアンス規定違反であり、担当役員が外部に公表するという対応方法もありましたが、株主をはじめとするステークホルダーに迷惑をかけることになり、大きなトラブルのもとになるというリスクがありました。

 そこで、社長である私が記者会見に出て公表することにしました。私の記者会見でのひとつの失言で、会社に深刻なダメージを与えるわけですから、逃げ出したいという気持ちがなかったといえばウソになりますが、そう腹をくくったのです。

 怖いのは、こういうときには、社長に「逃げ道」が与えられることです。

 実際、私に「わざわざトップが出る必要はないですよ」「まずは、ナンバー2や担当役員が説明すればいいのでは」などと声をかけてくれる人がいました。

 おそらく、彼らは、私の立場を配慮して、善意でこうした声をかけてくれたのでしょう。しかし、この「逃げ道」に甘えて、トップである私が謝罪をしなければ、のちに大きなトラブルになりかねない。だから、社内の必要手続きを経たうえで、自らの「弱さ」を振り切って会見に臨むことにしたのです。

 そして、会見当日――。

 極度の緊張を強いられましたが、正直に事実を公表し、謝罪したうえで、国内外の法律事務所が参加する第三者委員会を立ち上げて社内を徹底調査するなどの対応策について説明。なんとか、会見を無事乗り切ることができました。

 驚いたのは、その後のこと。多くのメディアは的確に問題点を指摘しましたが、強く非難するような論調は見当たりませんでした。それどころか、ある経済誌は「株価の上がる謝罪会見」として取り上げてくれたのです。これには、私自身が驚きました。そして、たいへんありがたいことだと感謝しました。

上司の「弱さ」に迎合してはならない

 もちろん、あのとき、私は失敗していたかもしれません。
 しかし、そのときには、社長である私が責任を取れば済む話。会社には多大な迷惑をかけてしまいますが、精一杯の努力をした結果ならば、無念ではありますが、その現実を受け止めて最大限の対応をするほかありません。そして、私のキャリアには汚点が残りますが、ひとりの人間の生き方としては「恥」にはならないと思いました。

 一方、社長である私が用意された「逃げ道」に甘え、別の誰かが記者会見で失敗した場合には、本来、私が背負うべき責任をその人物に背負わせてしまうことになるでしょう。

 それは、ひとりの人間として恥ずべきことであるうえに、昨今も、そのような批判を浴びた会社がありましたが、「なぜ、トップが出てこないのか?」と、会社に対するダメージがより大きなものになりかねません。

 だから、私は、「逃げ道」を囁いてくれる人々の言葉には耳を傾けませんでした。

 それは、私の「弱さ」に迎合しているか、深い考えがないだけのこと。むしろ、私が記者会見に臨む考えを表明したときに、それを当然のことと受け止め、「絶対に真実を隠してはならない」「すべての質問に真正面から答えるべきだ」と進言してくれた人々の言葉こそ信じるに足りると思ったのです。