専門家は、その分野を研究、実践し続けてきた人です。その知見を軽視することがあってはなりません。しかし科学とは過去のデータに基づくものであり、そうであるが故に専門家は過去の専門家なのです。過去は未来を保証しません。ですから専門家を絶対視することがあってはなりませんし、専門家もまた自らの限界を自覚し、謙虚な姿勢を堅持する必要があるのです。

 逆に、専門家でなくとも、科学の本質が理解できていれば、今立ち現れている現象から、適切な仮説を立てて、対応することが可能です。

専門家でなくとも
仮説、実践の姿勢を持とう

 今回、日本では「症状のない人はマスクをする必要はない」という専門家の主張をスルーして、多くの人がマスクはしたほうがよいと考え、着用していたことは国内での感染を抑え込んだ大きな要因として考えられます。

 これは一般の人が「マスクはくしゃみやせきにより飛沫が飛ぶことを防ぐためのものであり、新型コロナウイルスが飛沫や接触を媒介として感染する以上、マスクは感染予防に効果がある」という仮説を立て、実践することにより危機を適切にマネジメントできた日本が誇るべき成功事例といってよいでしょう。

 危機のときこそ専門家の言葉をうのみにするのではなく、自ら現象の本質を理解し、仮説を立て、行動に移すことが大切です。そして、そうした姿勢が結果として命を救うことにつながります。

 2015年、熊本で震度7の地震が起きたとき、地震学者は当然のようにこれを本震とみなしており、「余震に注意してください」と報道されていました。しかし私は、これは前震にすぎず、さらに大きな地震が起きる可能性があると考え、注意を促す発信をしました。しかし残念ながら、気象庁は震度7より弱い余震しか来ないという前提の注意喚起しかしていなかったため、その本震により半壊した家にとどまっていた多くの命が失われました。

 私がなぜ震度7の地震が前震である可能性があると考えたかといえば、東日本大震災のときがまさにそうだったからです。私は、学校管理下で84人の命が失われた大川小学校の研究をしており、震度5の地震が起き、津波注意報が出た2日後に東日本大震災が起きて悲劇となったことから、もし2日前の震度5が前震である可能性に少しでも考えが及んでいたら悲劇は回避できたのではないかと考えていたのです。

 その後7月末に当時の内閣府安全担当だった河野太郎氏(現防衛相)に、この事実を踏まえて警報のあり方を変えるように進言したところ、翌月には、1週間程度は同規模程度の地震に注意するようにと、地震が起きた後の警報の仕方が変更になりました。

 自分や身近な人の命は自分で守るという姿勢が危機のマネジメントには求められます。仮説を立て、実践することは「専門家」の専売特許ではありません。むしろ未曽有の危機に際しては、過去のエビデンスにとらわれずに、虚心に現象を見ることができる点において一般の人のほうが有利なところもあるのです。

 このように科学の本質を理解することで、専門家の有効性と限界を認識し、自分の頭で考え、自覚的に仮説を立て検証していき、危機をより適切にマネジメントしていくことができるようになります。

 この連載を通じて、科学の本質とは何かといった「本質を問う思考」がマネジメントに役立つということが、少しでも伝わったなら幸いです。

(エッセンシャル・マネジメント・スクール代表 西條剛央)