苦境期はさまざまなシナリオを練る機会
村上:そうですね。加えて、資金面での選別機能も強く作用すると思います。
創業期の資金もそうですが、シリーズA以降での選別も、当然より厳しくなっていきます。これはスタートアップに限ったことではなく、投資という分野全体の選別機能が圧倒的に厳しくなる。
投資対象としてのスタートアップの魅力は、飛躍的に成長する可能性があるところです。しかし、いったん不況に入ると、ダウンサイドリスクがないか、損失を出さないかといったリスク回避型の見方をされがちです。
起業家は、このように前提が大きく変わった中で資金繰りしていかなければなりません。単純に、「TAMが大きい」、「成長しそうだ」といったことだけではなく、しっかりとマーケットニーズがあるか、戦略が描けていて戦術レベルにまで落とし込めているか、といったより具体的なアイデアが求められます。
別の見方をすれば、創業期に、楽観的なシナリオだけではなく、悲観シナリオも含むさまざまなシナリオを入念に練る機会を得たと考えれば、これは起業家にとってはチャンスと捉えることもできますね。
創業期に成長シナリオのパターンについて深く思考できていれば、次に訪れるグロースフェイズには、より準備できた状態で臨むことができます。これも後にアドバンテージとなるポイントなんじゃないでしょうか。
小林:外部環境が底であるということは、言い換えると、この後は必ず上向くということ。資金面、採用面いずれも状況は良くなっていくわけで、その時に向けて初期段階で思考を鍛える機会を得ているということですね。
不況期は採用の絶好のチャンス
朝倉:採用面に関して言うと、不況下では買い手市場になるため、会社側は人材を選別しやすく、より優秀な人を採用しやすい環境だとも言えます。
私はリーマンショック当時、戦略系コンサルティングファームに在籍していましたが、当時若手のコンサルタントに転職エージェントが案内していたのが楽天、Amazon、エムスリー、エス・エム・エス、GREE、DeNAといった会社です。
紹介されるのはだいたい同じ顔ぶれ。これらの会社は当時、人材を採用しやすい状況だったんだろうと思いますが、あの不況下でも積極的に採用活動をしていたこのあたりの会社は、今もサバイブしています。
村上:そうですね。私も、不況下において唯一、スタートアップにとって有利に働くのは、採用だと思っています。大企業に在職している相応にハイスペックな人材が、転職マーケットに放出されるという現象も起きるでしょう。
また、一部の超ハイスペック人材も、マーケットの潮目が変わったために、積極的に、働く場所を変えるという動きをするようになり、採用候補として表出すると思います。
従来は、そういった人たちの採用競争は激しいものでしたが、不況下においては、超優良企業か、今からビジネスを本格化するスタートアップしか採用しなくなります。なので、スタートアップにとっては、採用の需給環境としては非常にいいはずです。
加えて、不況期って10年は続かないんですよね。数年で絶対に上げ潮が来る。なので、数年の間にきちんと準備を進めておけば、PMFして「さぁこれからアクセルを踏むぞ」というタイミングで、資金面・人材面ともに追い風のフェイズを迎えることができるはずです。
また、不況期を共にした初期メンバーや初期投資家と良好な関係が築けていれば、景況が好転した時も強固な体制を維持した状態で攻めに転じられます。
このように、不況期の起業では、厳しい外部環境の中で溜めた力を、環境が好転した時に一気に発揮できるというストーリーが描けるんじゃないでしょうか。
小林:確かに、初期にしっかりしたカルチャーが築かれていたり、信頼がおけるメンバーを確保できたりすることによって、拡大のための素地や土台が強固になるというのは、不況期のポジティブな面としてあるでしょうね。
朝倉:やや精神論めいた話にもなりますが、経営者は外部環境が厳しい苦境の時にこそメンタリティや思考の深さが鍛えられるものです。
流動性や環境変化、リスクに対する感度が高まりますから、緻密に戦略を練り、プロダクトを磨き、収益性が確保できる強い事業構造を構築しようという意識がより強く働くんじゃないかと思います。
だからこそ、村上さんが先述していたように、苦境期に鍛えられたプロダクト・事業が、景気が好転していくタイミングで、一気にアクセルを踏めるようになる。ある種の相乗効果が働くんでしょう。