企業にとって最も大切なのは「参入障壁」
朝倉 株価がフェアバリューから大きく乖離して下げた企業は買えるとしても、株価が再び戻った局面でもバリュー投資の観点から買える企業はあるものですか。
奥野 正直なところ、4、5月の戻り局面で急落前の株価水準まで戻れなかった企業はダメかも知れません。逆に戻っている企業は買えるし、持ち続けることが出来ると思います。両者を分けているのは、事業の経済性(付加価値、競争優位、長期潮流)であることは言うまでもありませんが、それに加えて経営姿勢にアニマルスピリットがあるかどうかだということを今回は痛感しましたね。実際、アニマルスピリットとは、このパンデミックを奇貨としてライバル企業との競争を有利に進めようとする経営の精神です。そのようなアニマルスピリットをもった企業は、このような状況にあっても戦略的に思考し、活き活きとしています。そういう企業の決算説明などに電話会議で参加すると、直近の業績は当然に落ち込んでいても、時間はかかっても必ず戻る、というか以前より強くなるようなイメージをもつことができるのです。ある意味、経営は喧嘩みたいなもので、今後世界的な経済成長力が鈍化する中では、生きるか死ぬかの競争にさらされるのです。相手の弱みに付け込むことを良しとしない人もいると思いますが、そういうナイーブな人は経営に向いていません。こういう時にこそライバル企業を徹底的に叩きのめすくらいの強いアニマルスピリットを持った経営者に率いられている企業が、最後まで生き残るのです。
朝倉 今回、奥野さんが書かれた「教養としての投資」を読んで是非とも聞きたいことがあります。「強靭な構造を持っている企業に投資する」という話がありますよね。それによると「付加価値の高い産業」、「長期的な潮流」、「圧倒的な競争優位性」という3つの条件を兼ね備えた企業だということですが、ご著書を読む限り、「付加価値の高い産業」は前提条件であり、「長期的な潮流」は十分条件だと理解しました。やはり最も大事なのは「圧倒的な競争優位性」を持っているかどうかだと思うのですが、それには参入障壁が欠かせません。でも、スタートアップの段階では参入障壁など全く持っておらず、まさにこれから構築していくわけですが、どうすれば参入障壁を築けるのでしょうか。
奥野 私どもはこの13年間の企業分析を通じ、強い企業が持つ参入障壁を類型化してきました。もちろん、これは完成するものではなく、常にバージョンパップしていくものです。その作業を通じて気づいたのは、需要サイドと供給サイドの両方に参入障壁があることです。需要サイドの参入障壁は、顧客がスイッチングコストを感じる財やサービスであるかどうかとか、リカーリング的(販売後も顧客から継続的に収益を上げるビジネスモデル)なものなのかどうか、陳腐化していないかどうかなど、いろいろな要素があります。たとえばここにある1本のペンはリカーリングの対象ではないと多くの人は思うでしょう。でも、ここにビジネスモデルを入れてリカーリングさせてしまうのが経営者の才覚や経営戦略だと思うのです。一方、供給サイドの参入障壁は、他では真似が出来ない生産技術があるとか、すでに他社が追随できないくらいの供給規模を持っているといった類のことになりますが、いずれにしても需要サイド、供給サイドのいずれか一方の参入障壁だけでは突き崩されてしまうので、両方ともに築き上げる必要があります。ひとつ代表的なケースを申し上げると、歯磨き粉を作っているコルゲートです。歯磨き粉なんてありふれた消費財ですが、陳腐化しません。10年前、20年前も使われていましたし、恐らく今後も使われ続けるでしょう。世界140か国でトップシェアですから、このシェアを奪うのは不可能といっても良いでしょう。まさに、需要サイドと供給サイドの両方で高い参入障壁を築いている好例です。
朝倉 ご著書の中ではフェイスブックを例に挙げて、ネットワーク・エフェクトは参入障壁にならないということにも触れていましたよね。これ、私も同感です。確かにネットワーク・エフェクトは利用者が急激に伸びる際のブースターにはなるのですが、よくよく考えてみると、他に利用者が1名増えたら使っている皆の便益も上がるということは、誰かが抜けたら皆の便益が下がることになります。ということは、一度誰かが抜けると、他の人も便益を得られなくなるからどんどん抜けていくというネガティブサイクルに入ってしまう恐れがあります。私も以前、SNS企業の経営に関わったことがあるのですが、まさにこの状況に陥りました。会員からすれば、友達が使っていないSNSを使う意味がないというわけです。だから、ネットワーク・エフェクトはブースターになるけれども、決して参入障壁ではないことを、自分の経験から実感しています。
奥野 以前、実際に投資していた企業で、バイオの苗床をつくる会社がありました。そこのCEOに「御社の参入障壁はどこにあるんですか?」と聞いたところ、彼は「我々の後に50年以上、上場した企業がないことだ」と答えたのです。なるほど、と思いましたね。確かに同じようなビジネスモデルの会社が後発であるにもかかわらず上場してきたとしたら、それは参入障壁を突き崩して自分たちのビジネスを拡大してきたわけですから、確かに参入障壁が無くなったことの何よりの証になります。ちなみにこの会社は、その後、大手の製薬会社に買収されました。この事業に参入しようと思ったら、もうこの会社を買収するしかなかったわけです。
農林中金バリューインベストメンツ株式会社 常務取締役兼最高投資責任者(CIO)
京都大学法学部卒、ロンドンビジネススクール・ファイナンス学修士(Master in Finance)修了。1992年日本長期信用銀行入行。長銀証券、UBS証券を経て2003年に農林中央金庫入庫。2007年より「長期厳選投資ファンド」の運用を始める。2014年から現職。日本における長期厳選投資のパイオニアであり、バフェット流の投資を行う数少ないファンドマネージャー。機関投資家向け投資において実績を積んだその運用哲学と手法をもとに個人向けにも「おおぶね」ファンドシリーズを展開している。著書に『ビジネスエリートになるための 教養としての投資』(ダイヤモンド社)など。