急性期病院(緊急・重症な患者を治療する病院)では、日常的に入院患者がせん妄やそれに伴う幻覚症状が起こると聞く。このため、看護師は特記事項としてカルテに記載しないこともある。控訴審でこのカルテ記載の部分はまったく触れられなかったが、本判決では女性の証言の証明力を高めた(専門家の関連コメントは後述)。

検察側証人と弁護側証人の話が
かみ合わない理由

 女性患者に「せん妄とそれに伴う幻覚があったかどうか」については、判決文で「検察側証人と弁護側証人の議論がかみ合わない」とされた。確かに、議論は異なった。理由は、両証人がまったく異なる観点で証言していたからだった。

 弁護側証人は医学的観点から、国際的に日常の臨床場面で使用されている診断基準「DSM-5(『精神疾患の診断・統計マニュアル』)を用いて、せん妄とそれに伴う幻覚を診断した。証人は念入りに「一審判決」「論告要旨(論告:検察側が事件の事実・法令の適用に関する意見陳述 をすること)」「最終弁論(弁護人の意見陳述)」の3方向から分析し、その結果、女性はどの陳述からも「せん妄と診断できる」とされた。

 同証人は、さらに、別のせん妄を評価する診断基準「CAM日本語版」からも診断したが、やはり、どの陳述内容からも「せん妄と診断できる」となった。せん妄に伴う幻覚についても、それぞれの陳述を時系列で場面ごとに整理した上で分析した。例えば、検察官が主張する男性外科医が自慰行為をしていた場面について、女性の母親の供述調書と併せて検討した結果、「幻覚が見えていたか、錯覚した可能性が高い」と診断した。

 一方、検察側の証人は証言の冒頭で「私はせん妄や幻覚の専門家ではないが、司法精神医学の専門家である」と話したように、医学的な診断基準ではなく、従来の刑事裁判でよく引用される「アルコールによる酩酊と刑事責任能力の有無」の文献(*2)を用いた「(当事者の)責任能力の鑑定」の観点で、女性の見当識(状況把握ができるか)や自己制御、幻覚などを分析した。その理由として、「医学におけるせん妄に関する分類は、法廷で使われることを想定されていないから」などと述べた。

 証言では「アルコールによる酩酊(めいてい)は、アルコールによるせん妄状態」と同じとして、女性がLINEを打った時刻(15時12分)は低活動型せん妄状態だったため、見当識はほぼ正常で、幻覚を見る可能性もないと説明した(詳細は記事『乳腺外科医「わいせつ事件」高裁初公判、出廷した精神科医の証言とは』)。

*2 Hans Binder,Uber alkoholische Rauschzustande(翻訳 影山任佐,1982),精神医学24(8);855-866