垂れ込めた暗雲
同僚との遭遇

 しかし、その生活に暗雲が垂れ込めた。そのきっかけは1カ月前のことだった。いつものようにAはB子と居酒屋で盛り上がっていた。そのとき、誰かがAの肩をたたいた。振り向くとCがいた。

「おい、Aじゃないか?こんな場所であうとは珍しいな」
「まあ…そうだね。アハハ…」

 Aは作り笑いで答えたが、内心は嫌だった。実家からアパートに引っ越したことを会社の人間の誰にも知らせていなかったからだ。Cは半分ろれつがまわらない口調で叫んだ。

「あれ? 横にいるキレイな人は誰? まさか…カノジョ⁉」

 無言のAとB子にはお構いなく、Cはしばらく一方的にしゃべりまくり、やがて他の仲間に付き添われて店を出た。その後、Aはアパート近くの道を歩いているときや、B子と一緒にスーパーで買い物をしていると、立て続けにCに出くわすようになった。

 居酒屋の件から2週間後の昼休み。会社近所の食堂でランチをしていたCは、同席していたD総務課長に話した。

「ところで最近、ウチの近所でAさんをよく見かけるんですが、引っ越してきたんですか?」
「引っ越しの件は聞いてないよ。Aさんは実家にいるんじゃないの?」
「でも、夜中に見かけたこともあるし…。それにいつも女性と一緒にいますよ」

 不審に思ったD総務課長は、会社に戻るとAの実家に電話をかけ、母親にAの居所を確認した。すると、2年前に引っ越し、会社近くのB子のアパートに住んでいることがわかった。

総務課長に呼び出され
返還を求められるが…

 その日の夕方、D課長は営業先から戻ってきたAに尋ねた。

「Aさん、2年前に実家から会社近くに引っ越したそうですね。本当ですか?」

 そして、母親に電話で確認したことを伝えると、Aはバツの悪そうな顔で下を向いた。

「すみません」
「引っ越した時は会社に新しい住所を届け出てください。それと確認したところ通勤手当に関する変更届も提出されていませんね。そのため、現在も1カ月15万円の通勤手当が会社から支給されている状態です。」