「選挙戦」の新しい理論モデル

 こう考えると、選挙の分析にはたしかに「他人の出方を伺いながら自分の行動を決める」ゲーム理論が役立ちそうだ。そして確かに、1944年にゲーム理論が作られてから現在に至るまで、数多くの理論モデルが提唱されてきた。

 しかし驚くことに、そのほとんどが「選挙戦」を無視した理論モデルになっている。つまり、ほとんどの理論モデルの中では、選挙は投票日1日だけのイベントというだけで、その前にある長い過酷な選挙戦で候補者間にどのような駆け引きがあるかは、ほとんどの論文では一切無視されているのだ。

 なぜこんな「いかにも重要な要素」を理論モデルから排除してきたのだろうか。これに関して、3つ言いたいことがある。

 第一に、「選挙は投票日1日だけのイベントだ」という単純な理論モデルからも、かなり様々な知見が得られているということだ。たとえば、「なぜ政治家は誰も彼も同じようなことを言うのだろう」とか、「とは言っても候補者間でマニフェストに大きな違いがあるときもある。ではどのような条件でどれくらいの違いが出るのだろう」といった疑問に、それなりの説得力のある回答を示してきた。

 第二に、理論モデルでは選挙戦をほぼ無視してきたが、データを使って選挙を分析する研究者たちは、しっかり選挙戦での候補者の行動を考慮に入れて分析をしてきた。

 第三に、選挙戦の存在という要素を取り入れた結果「選挙は投票日1日だけのイベントだ」という理論モデルにはない新しい知見を生むような新理論モデルを作るのは、結構難しい。難しいが、この点を突き詰めて考えて分析した論文も、数少ないが存在はする。しかし、どのような理論モデルが適切か、いまだにゲーム理論家の間で合意が取れているとは言い難い。

 こういった理論モデルの研究がもっと進めば、「投票日1日だけ」の理論モデルではそもそも答えることができない問いに、答えを見いだすことができる。「なぜ候補者は特定のタイミングで政策発表をするのか?」「候補者が戦略的にタイミングを選ぶと有権者の投票行動にどのような影響があるのか?」「その影響を加味した場合選挙戦にどのような規制を設けるといいのか?」といった問いに、ゲーム理論は説得力のある答えを与えることができるようになるだろう。

 小池氏の圧勝で終わった都知事選。この結果が吉と出るか凶と出るか。こういった「候補者どうしが駆け引きをして選挙の勝者が生まれることで、人々の幸せがどう影響されるか」ということが、ゲーム理論のモデルを使って分析できるのである。