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 みなさんは「キリスト教」を知っているだろうか?
 おそらく、「まったく知らない」という人はほとんどいないはずだ。しかし一方で「詳しい」と答える人も少ないのではないだろうか。
 キリスト教は、西洋絵画やクラシック音楽を理解したり、歴史を学んだりするうえで欠かせない教養。
 けれど、世間では「キリスト教」=「まじめ」とか「神聖なもの」というイメージが根強く、若干近寄りがたく思われている感も否めない。
 ところが、そんな世間のイメージをぐるりと覆すツイッターアカウントがある。
「上馬キリスト教会」ツイッター部は「『アーメン』を現代語訳すると『それな』、関西弁訳なら『せやな』ではなく『ほんまそれ』」といった「面白いキリスト教情報」を発信し続け、いまやフォロワー数10万を超える人気アカウントだ。
 その“中の人”が「キリスト教の入門書ですら敬遠してしまう、超入門者」に向けて書いたのが『上馬キリスト教会ツイッター部の キリスト教って、何なんだ? 本格的すぎる入門書には尻込みしてしまう人のための超入門書』(MARO著)。
 わかりやすく、とっつきやすく、キリスト教の基本がわかると評判だ。
 本稿では、特別に本書から一部を抜粋・再編集して紹介する。

聖書を読んだつもりになるために

 キリスト教を理解するには、聖書を読んでいただくのがいちばんなのですが、しかし聖書は分厚い! 長い! 読破には年単位の時間がかかります

 そこでまずは、長い聖書のストーリーをざっっっっくりとダイジェストしてみます。今回ご紹介するのは、「モーセ」のエピソード。

 モーセはイスラエルの民のエジプト脱出を率いたリーダーです。詳しくは知らなくても「海をパッカーンと割った」ということだけご存じの方もいるかもしれません。

神様が「本気」を出すとすごい

 アダムとイブから始まった『創世記』はカイン→ノア→アブラハム→イサク→ヤコブと主人公を変え、ヤコブの11番目の息子ヨセフの功績により、イスラエル民族はエジプトの地で子孫を繁栄させました。

 ところが、時代が350年ほど進み、ヨセフの功績が忘れられたころになると、エジプト王のファラオから弾圧を受けるようになっていました。

 そんな時代に生まれたのが、ヤコブの12人の息子レビの子孫で、映画『十戒(じっかい)』などで有名なモーセです。

 彼は捨て子になったり王子になったり逃亡者になったりと波乱万丈な人生を歩み、80歳のころは羊飼いとして「人生の晩年」を迎えようとしていました。

 そんなあるとき、モーセが山に入ると、なぜか勝手に燃えている柴(小枝)を見つけました。いくら燃えても燃え尽きない柴を見て不思議に思ったモーセが近づくと、神様が「モーセ!」と語りかけました。なんと、その不思議な柴は神様だったんです。

 「モーセ、私が祝福したイスラエル人たちがいじめられている。だからイスラエル人をエジプトから脱出させて、アブラハムに約束したカナンの地に帰そうと思う。ついては君に、その指導者になってもらいたい」と、神様は言いました。

 「えー! 無理ですって! 私は口べたですし、とてもそんな器ではないです。誰かほかの人をあたってください」。モーセは再三にわたって断ります。

 しかし神様は一度こうと決めたらそう簡単に考えを曲げる方じゃありません。「いいから!! 私がちゃんと君を助けてなんとかするから!!」と、かなり強引に神様に押し切られ、モーセはイスラエル人の指導者になることになりました。

 モーセはまず、ファラオのところに行って「えー、ファラオさん。イスラエル人を解放してください。私たちはご先祖さまのアブラハムに与えられたカナンの地に帰りますから」とストレートに言いました。

 もちろんファラオはそんなこと、すんなりとは許してくれません。イスラエル人がいなくなったら、エジプトは大量の労働力を失うことになるからです。

 むしろ「二度とそんなこと言えないようにしてやる」と、イスラエル人たちの労役をさらに重くしました。そのせいでモーセは「モーセが余計なことを言ったせいで労役を増やされてしまった」と、イスラエル人からも恨まれるはめになります。

 しかしモーセはめげません。

 ナイル川を赤く染める、エジプトの街中をカエルで溢れさせる、家畜を疫病で全滅させる……etc.。これでもかと神様の力で奇蹟を起こしまくり、ファラオに要求を続けました。それでもファラオは「ダメだ!」と首を縦に振りません。

 そこで神様は驚くべき行動に出ます。エジプトのあらゆる家の長子を殺してしまったのです。ファラオでも平民でも囚人でも、家畜でさえも無差別に、それはもう容赦なく殺しました。

 ただし、神様の言いつけを守ったイスラエル人の家だけはこの災いを受けずにすみました。

 このことは「災いが通り過ぎていった」という意味で、「過越(すぎこし)」、英語では“Pass Over”と呼ばれ、今でもユダヤ教では一年で最も重要な祭日として扱われています。

 頑固だったファラオも、これにはついに折れて「どこへでも行け」とイスラエル人を解放しました。

 めでたしめでたし……と思いきや、ここからが本番。モーセとイスラエル人の40年に渡る「出エジプトの旅」が始まったのです。