東京都は都内の飲食店や小売店などに向けて、感染防止対策に取り組んでいることを示す、虹のイラストが描かれた「感染防止徹底宣言ステッカー」を作成。都のホームページからダウンロードして店頭に掲示することができるようになっている。告知旗に書かれた「ステッカー」とはこれを指す。

 小池知事は従来、ステッカーを掲示している店を選んで行くよう呼び掛けてきた。都内で100万枚の掲示を目指している。

 そんな小池知事だが、7月3日の記者会見では「アクリル板を作ってすき焼き食べておいしいかっていうのはよく分かりませんけれども、どうかとも思いますけれども」と笑いながら発言していた。ステッカーの掲示を散々訴える小池知事自身が対策を愚弄していたのだから始末に負えない。

 しかもこの発言は、都のホームページに毎回掲載される会見でのやり取りからごっそり抜け落ちている(8月4日現在)。この“軽口”はインターネットニュースで強く批判されており、情報操作を疑われても仕方あるまい。

 それでも、過去の自分の失言にとらわれる小池知事ではない。7月30日には専決処分により、ステッカーを店舗の入り口に掲示する努力義務を課すよう、都新型コロナウイルス感染症対策条例が一部改正された。コロナ対策に効果的な施策に見えるが、その実効性には重大な疑念がある。

 というのも、ステッカーを掲示している事業者であっても、都が推奨するコロナ対策を本当に実施しているかどうかが保証されていないからだ。

 ステッカーをダウンロードする都のページには、「手洗いの徹底・マスクの着用」「ソーシャルディスタンス(できるだけ2mの距離を保つ)」といった項目を載せた「チェックシート」のリンクがある。しかし、都がこれを順守しているかどうか確認する仕組みになっていない。つまり、チェックシート通りの対策を実際に行っているかどうかは、完全に事業者任せなのだ。

 当然、会見でもステッカーの実効性について報道陣から質問が上がった。これに対し小池知事はこう反論した。

「少し古い話ですが、(環境相時代に)クールビズを始めたときも、(クールビズ導入を示す)ステッカーをいろいろな企業が貼ってくれた。クールビズはそこで意識が変わったんです。協力金などの予算的なもの、法整備、条例など、いろいろなことがありますけれども、私は一つでも前に進めたい。今の東京の立場や役割を考えますと、東京を虹のステッカーで埋め尽くしていくことも一つの方法ではないでしょうか。未知のウイルスと闘うのは大変です」

 この発言を読み解くと、小池知事はクールビズという過去の“成功体験”に倣い、自らの施策で街や国を“埋め尽くす”ことが目的のようだ。

 だが、それでは何のためにチェックシートが存在するのか。都庁のおひざ元である新宿の誰もが知っている商業施設で、ステッカーの実効性がどれほど担保されているのかを確かめてみた。

売上高世界一の新宿伊勢丹は従業員が3密
感染者複数発生でステッカーが有名無実化

 都庁から約1キロメートル離れた、年間売上高2700億円と世界一を誇る伊勢丹新宿本店。新宿通りに面した本館1階正面玄関の左側の壁に、虹のマークのステッカーが貼られている。入口と出口を分け、入り口には消毒液とサーモグラフィーを設置。マスク着用を呼び掛ける告知もある。

 しかし、店内に入ってすぐの雑貨売り場では、ブランド別の狭いブースの中で、複数の従業員が1メートル以内の距離でひしめき合っている。小池知事が現場を見れば「密です!」と指摘しかねない光景だ。

 コロナ禍以前は中国人観光客でにぎわっていた西側の化粧品売り場。ここでもブース内の美容部員はやはり“密”な環境だ。マスクは全員が着用し、フェースシールドを使っている従業員はいるものの、互いの距離は極めて近い。2階に昨年、新設された化粧品売り場も同様である(下写真)。

2階の化粧品売り場2階の化粧品売り場 写真:読者提供

 前述のように都のチェックシートの項目には「ソーシャルディスタンス(できるだけ2mの距離を保つ)」とあり、「座席の工夫など従業員も含めて対人間隔を確保し、大声で会話しないよう周知している」と具体的な取るべき対策が書かれている。だが、客が少ないせいで退屈なのだろうか、従業員同士が大声で会話している様子も散見された。

 伊勢丹新宿本店の1階では7月15日、コロナ感染者が発生した。隣接するメンズ館も含め、すでに複数の感染者が発生している状態だ。もちろんコロナの感染経路は多岐にわたり、勤務時間以外に感染した可能性はある。

 とはいえ、あからさまな“3密“状態に改善の余地はないのだろうか。同じグループでも日本橋三越本店の化粧品売り場はブランドごとのブースが大きく、新宿のような状況にはなっていない。

 超有名企業を代表する店舗でさえこの有り様なのだから、ステッカーの実効性が疑問視されるのは当然だろう。

 都総務局総合防災部によると、ステッカーを掲示している店舗が十分な対策を取っていないと都民から通報があった場合、総務局の職員が訪問して指導する可能性があるという。

小池知事を尻目に独自の施策を進める区
都民任せ、業者任せには限界がある

 7月30日の緊急記者会見に時間を戻す。小池知事の前で広げられた告知旗はその後、会見が終わるまで、都報道課職員の足元に丸めた状態で無造作に置かれていた。

丸めて床に置かれた告知旗丸めて床に置かれた告知旗 Photo by Satoru Okada

 神聖な土俵の上に掲げられる告知旗でさえ、カメラのフラッシュを浴びた後はこのような扱いを受けるのだ。レインボーブリッジを真っ赤に染めた「東京アラート」も、小池知事の再選出馬表明の前日である6月11日にあっさり廃止された。

 一時的な話題作りに利用するだけ利用したものを、その後はあっさり捨て去ってしまう小池知事。そんな首都のトップを尻目に、世田谷区はPCR検査の大規模な拡充を打ち出し、品川区はコロナに感染した自宅療養者に数日分の食料品を送るなど、独自の対策に取り組んでいる。

 ステッカーの実効性を問われ、「未知のウイルスと闘うのは大変です」と反論した小池知事。その大変さは小池知事に言われるまでもなく、すでに多くの都民や国民が嫌というほど実感している。有権者に「意識を変えろ」と迫る前に、行政として他に取り組むべき施策はないのだろうか。