師匠がレジェンド

──アンリさんは松山太河さん(East Venturesパートナー)、堀さんは小澤隆生さん(ヤフー株式会社COO)が師匠です。そうしたベンチャーキャピタリストとしてレジェンドと呼ばれる存在が身近にいながら、どうやって自分のやり方を確立していったんでしょうか?

 本当に最初の一年間は「小澤さんをマネしよう」と思ってやってたんですけど……まあ、うまくいってなかったわけじゃないんですけど、あんまり手応えを感じられなかったので。業界のいろんな方に相談していくなかで「自分のスタイルでやらないと意味がないんだな」と気づき始め、自分のなかでも変化が生まれ始めたのはこの1〜2年かな、という気はしています。

佐俣 高校のときの俳句の先生に言われてたんですけど。あ、変わってる学校だったんで、俳句の授業とかあって。先生はプロの俳人だったんですけど、「とりあえずマネするしかないんだ」と。「マネしてマネしてマネして、マネしきれない部分が出てきたところで個性が出る」みたいなことを話してたのをずっと覚えてて。最近は本当にそのとおりだなと思ってます。

 僕は自分なりに一生懸命太河さんのモノマネをしていました。でも、天才ってマネしても劣化コピーしかできないんですよ。たとえば太河さんにしか積み上げられない与信は、けっしてマネできない。太河さんの一声で、僕が200時間かかることが30分で終わることがあるわけです。それがもどかしいなと思って、何か師匠に勝てるものはと探していくと、比較的「ちゃんとしてること」で。

 僕は普通に時間守ったりとか、大きな会社の人と話すことが、好きだしできるんですよ。こうした「ちゃんとしてる」というのは我が師匠はあまり得意ではないんです(笑)。「これだけはいける」と確信しました。だから僕はちゃんとした組織をつくったり、ちゃんとした金融機関や機関投資家からお金預かったりができる。そこだけは一生懸命伸ばしていこうとやっているうちに、気がつけば松山太河とは似ても似つかないものになりました。

 でもやっぱりアンリさんは太河さんのDNAを受け継いでるなと思うのは、メンタリングの部分ですね。たとえば全然事業がうまくいってなくて、本当に「死に体」だった若手の起業家が、太河さんとランチするだけで見事に蘇る。これと似たようなことを『熱投』を読んでいても感じました。

 僕も小澤さんの影響がすごく強く出てて。小澤さんは起業家に対するメンタリングの仕方というのが癒やしではなく、ビジネスの戦略に根ざしたアドバイスが非常に多いんですよね。

佐俣 太河さんは、「起業家への畏怖の念」がとても強い方なんです。だから、普段は変に声をかけない。でも、起業家が事業がうまくいかなくて凹んだときは、一生懸命応じてくれるんですよね。

 そうした師匠のもとで仕事をしていると、ベンチャーキャピタリストって「支援してるつもりが足引っ張ってることへの恐れ」というのが念頭にないといけないなと思うわけです。

 そのあたりの距離感、関係値が顕(あらわ)になるのが「ピボット」のときかもしれませんね。

佐俣 そうですね。ベンチャーキャピタリストに「頼りたい」という起業家もいるし、「ひとりで考えさせてほしい」という起業家もいます。

 僕は、ベンチャーキャピタリストは「絶対成功する」という熱を持ってないといけないと思う反面、「最初のアイデアなんて絶対うまくいかないんだよ」というクールさも持っているべきだと思いますね。この二つの思いと動き方が両方備わってないとうまくいかない。ベンチャーキャピタリストに多いのは、事業に対する思い入れが強すぎてピボットに反対したりすること。そのときは「残念だなあ」と思ってます。

佐俣 支援者として最もまずいのは「意見が割れること」なんですよね。支援者のなかで「まだいける」「いや、やめるべきだ」とか意見が割れてしまうと起業家が一番迷惑します。そういうとき、僕はけっこう「ジャイアン」的な振る舞いをします(笑)。僕の場合は「そういうときにジャイアンしそうなキャラだ」と認知されていますから。そうしてあげないと起業家がかわいそうなことになると思いますし。

「普段から手綱は起業家が持っているんだから、最後まで決めさせろよ」って言ってやったほうがいいかなって。

ベンチャーキャピタルは、
愉快なやつらがつくる「非ゼロサム産業」

──最後に、ベンチャーキャピタリストという仕事の魅力を聞かせてください。

 自分が一番楽しんでいるっていうことでしょうかね(笑)。

佐俣 (笑)。

 けっこう飽きっぽい性格なので、会社に入って「これやっといて」って言われたらたぶん耐えられない。ベンチャーキャピタルの仕事は本当に毎日のように新たな出会いがあり、聞いたことのない新しい情報に触れられます。そうして出会う会社が遭遇するトラブルも、聞いたこともない変なトラブルばかりで。

佐俣 まさに。

 でも、毎回それを自分たちの力で解決していくというのはエキサイティングで楽しいな、と。ベンチャーキャピタルは新興産業にお金を出すんですが、新興産業って世の中で一番優秀な人たちが集まる産業でもあります。この仕事の醍醐味は、そこに身を置いて仕事をできているということだと感じますね。

ベンチャーキャピタリストの仕事に<br />天才はいらない #熱投

佐俣 僕はまず「無意識な資産」に意識を与えるビジネスモデルが面白いと思ってますね。年金基金や銀行の大切な資産をファンドでお預りするわけですが、そのお金自体には何か明確な意識があるわけじゃない。それを「新産業をつくろう」という熱を持っている起業家に投資し、増やしてお戻しするわけです。年金基金や銀行の持続性にも貢献できるこのビジネスモデルは、とても美しいと感じています。

 そして、堀さんも言うように「新興産業を信じるしかない」っていう人たちがつくる「非ゼロサム」の産業だということですね。基本的に産業というものは、その中の人たちの人間性によって規定されます。ベンチャーキャピタルは、愉快なやつが「みんなでがんばろうよ」と言うしかない産業なんです。

 だから僕と堀さんは異なるファンドを運用しているけど、商売敵にはならない。未来のために「一緒に応援したほうが合理性がある」という判断もできます。そういう産業って他にあまりないと思いますね。

(終わり)