受け手の痛みを考えない一方的な暗号化が
社会全体の効率を下げる
では、なぜ日本からPPAP方式のファイルのやり取りはなくならないのでしょうか。ひとつは社会にあまりにもこの方法が定着してしまったので、企業が別の方法への切り替えができなくなっている、という理由があります。そしてもうひとつ、最大の理由は「送り手に痛みがないこと」だと私は考えています。
1998年から使用許諾が開始されたプライバシーマークの取得などで要件を満たすために、多くの企業が添付ファイルのZIP暗号化を採用し、確実にファイルの暗号化が行われるように、パスワードの発行・送信とセットで自動化を進めてきました。その結果、今ではファイルを送信する側は手間をかける必要なく、ZIP暗号化ファイルを送ることができるようになっています。このため、自分たちが面倒に感じたり、困ったりすることがなくなり、ファイルを開封する受信者の手間、相手の体験が悪くなっていると思い至りにくくなっています。
一方でファイルを受け取る側は、暗号化ZIPファイルが届く度に、別のメールで送信されてくるパスワードを確認してコピー・ペーストして、開封する手間がかかります。私などは研修で20人ほどの受講者から課題の提出を受けることがありますが、おのおののファイルがZIP暗号化されていると20回分、この作業を繰り返すことになります。
送り主はエンジニアなど技術に詳しい方が多く、PPAP方式の無意味さはよく分かっている方ばかりなのですが、組織でシステムが導入されているなど、仕組み上、この方法でしかファイルを送れないといいます。会社も社員も思考停止してしまっているために、受け手の体験まで考慮されなくなってしまい、結果として社会全体では効率が悪くなっているのです。
マイナンバーにオンライン会議
受け手の体験を無視した強要は他にも
受け手の体験を考えない仕組みやコミュニケーションの強要は、PPAP以外にも数多くあり、それぞれが社会全体の効率を下げる結果を招いています。例えば、企業が取引先の個人事業主(フリーランス)に求めるマイナンバーの提出方法などもそれに当たります。
企業は取引先のフリーランスへ支払いを行った場合、税務署に提出する支払調書に相手のマイナンバーの記載が義務付けられています。このため、マイナンバーの提出が企業からフリーランスに依頼されることになるのですが、知人に聞くと「提出方法が各社各様で、委託元によって全く異なる様式で送付が求められるので、とても不便である」とのこと。中にはマイナンバーのコピーを印刷した指定の用紙の指定の場所に、切って貼って郵送するような「工作」をしなければならないケースもあるそうです。