創作に行き詰まったらやること
北方:私の考えでは、表現というのは、全て自己表現なんですよ。例えば『水滸伝』の中には無数の人間が出てくるけど、その全員が私なんです。だって自分って無限にあるわけですよ。今日にしてみても、弘兼さんに会って「久しぶり」って言ったときの自分と、今こうやって楽しく会話しているときの自分に至るまでに、どんどん自分が変わっているわけです。そうやって少しずつ違う自分が、登場人物のどこかに反映されている。だから、主人公に自分を投影しているわけではなくて、出てくる人物が全員自分だと思って書いているんです。
弘兼:漫画もそうですよね。島耕作も自分であり、他の登場人物も自分。全部、自分の頭の中でセリフを考えてるわけですからね。
北方:卑怯なやつの中には卑怯な自分がいるし、スケベなやつの中にはスケベな自分がいる。
弘兼:漫画の場合は、人が争っているときの表情を描くとき、自分の顔をふと鏡で見ると、やっぱり争う顔になっているんですよ。笑っている顔を描くときは、自分も微笑んでいる。なんとなく、自分の顔が描いているものと同期するような感覚がありますね。
北方:弘兼さんは、漫画はプロットを固めてから描いていますか。
弘兼:短編を描くときは、ガチガチにプロット決めていますね。まずラストを決めて、それから頭を決めます。漫画の場合は、頭とラストが決まれば、真ん中が冗漫に走っても大丈夫。連載漫画は1話ごとに引きが必要で、特に最後のコマが読ませどころなんです。
北方:私の場合、小説を書くときは、なにも考えません。例えば、編集者に「500枚書く」と約束して、本をいっぱい持って山小屋に行ったことがありました。で、1枚も書かないまま、本を読むのが面白くてやめられなくなっていると電話がかかってきた。「何枚書きました?」って聞くから、「250枚かな」と答える。電話を切った後、さすがに「これは書かなきゃまずいな」って思うんだけど、考えてないから、なにも出てこないわけですよ。
ただ、そんなとき、山小屋の暖炉で薪が燃えているのが目に入ったりして、ふと「男が外でたき火をしている様子を書こう」と。たき火に打ち込んでいる男の話を書いているうちに、だんだん主人公の姿がはっきりしてくる。
弘兼:なにかのシチュエーションが思いつくと、そこからストーリーが続くんですよね。
北方:そうです。人間がふわっと立ち上がってくると、物語になっていく。
弘兼:私も、全くアイデアが浮かばないときは、とにかく1ページ、2ページ始めてみるんです。そしたら面白いことに、なんとなく進んでいっちゃうんです。
北方:ちゃんとした人間を書けば、人間が生きてくれるんですよ。
弘兼:漫画家の場合、なにも浮かばないときは、ゴルフのシーンから描くんですよ。パターを構えて、カーンって売って、ボールがコロコロ転がって、カップインする。これで見開き2ページ行けますから(笑)。ていう。締め切りが迫っているときは、ゴルフのシーンをよく描きましたね。島耕作にもゴルフシーンが結構あります(笑)。
北方:私は、「ハードボイルドを書くときに行き詰まったら暴れろ」と言ってます。要するに、主人公が誰かと殴り合いをするということです。
弘兼:殴り合いの場面を描写していると、原稿用紙が埋まりますもんね。
北方:そうそう。で、読者にとっては、迫力のあるシーンになりますからね。
伝説の回答「ソープに行け!」
北方:こういう対談とかインタビューをすると、「若い世代へのメッセージを」とか言われるんだけど、われわれは作品を通じてちゃんと表現しているんです。あえて直接的なメッセージに出さなくても、いろいろ表現しているんだから、その中から勝手にくみ取ってほしいと思う。
弘兼:私は自分と同世代に向けたメッセージとして作品を描いてきましたが、『黄昏流星群』などは意外と若い人も読んでくれているようです。それはそれで、どうぞ勝手に読んでくださいという感じですけど、若い人には「われわれ70代のじいさんはまだまだ枯れてないぞ」「70代をなめるなよ」というのを伝えたいですね。
北方:「なめんじゃねーよ」というのは同感です。とにかく、若い人がわれわれの表現に共感するのも自由だし、反発するのも自由。それはそれで、若い人たちなりに生きてくださいと思います。
弘兼:そうですね。われわれが反面教師にもなるかもしれないし、それは好きなように考えてほしいですね。
北方:なんだかんだ言ったって、われわれのほうが先に死ぬんだからさ。
弘兼:あんまり構わないでほしい(笑)。
北方:若いやつのよくないところは、すぐに「なにか教えてください」って聞きたがるところ。「教えてください」と言っているうちは駄目。特に、私の場合は雑誌で人生相談をやっていたからよくわかるんです。「いい男になるためにはどうすればいいでしょうか?」って、そういう相談はしないことですよ。
弘兼:北方さんと言えば、「ソープに行け!」のアドバイスで有名ですよね。
北方:あれがいまだに独り歩きしてるんですよ。本当は、前後の文脈があるんです。あるとき銀座を歩いていたら、パッと腕をつかまれてね。とっさに私の名前が出てこなかったらしくて、ずっと私の顔を眺めた挙げ句、「ソープの人ですよね?」って(笑)。
弘兼:「ソープの人」は傑作だ(笑)。
北方:とにかく、小説とか漫画の中に人生がいっぱい描かれているんだから、そういう人生を見て、自分の人生をもう1回見直してみてほしいですね。