日中両国間の
経済関係の変化

(1)経済援助の時代

 以上のような中国経済の大きな変化とともに、日中両国間の経済関係も大きく変貌を遂げてきている。1980年代から1990年代の半ばまでの間、中国政府は統制経済体制から市場経済体制への移行を進めるにあたって、日本企業の技術、経済制度、経済政策運営の枠組みなど多くのことを日本から学んだ。

 同時に日本政府も巨額の有償・無償の経済援助を行った。良好な状態が続いた両国関係がそうした経済援助の追い風となっていた。官民挙げてのこうした中国支援の背景には、第2次世界大戦中に日本が中国を侵略し、多くの中国人に多大の損害と苦痛を与えたことに対する贖罪意識が存在していた。

(2)生産拠点としての中国

 その後、中国の輸出競争力強化策が軌道に乗り始めると、日中関係は援助の関係から対等な経済関係へと変化していった。1990年代半ば以降、日中関係が急速に冷え込み、とくに小泉内閣時代は関係が悪化した。

 それにもかかわらず、ちょうど小泉内閣時代の2001~05年は、中国の安い労働力を活用して、中国を生産拠点とすることを狙いとした日本企業の対中直接投資が急拡大した。中国の中央地方政府も日本企業の進出を、欧米諸国の企業同様大いに歓迎し、「政冷経熱」の時代と呼ばれた。

(3)市場としての中国

 中国政府は2005年以降、内需主導型成長モデルへの転換を図るため、人民元切上げ、賃金引上げ、輸出優遇税制の大幅縮小といった政策を実施した。これらはすべて加工貿易型企業にとってのコストアップ要因となったため、日本を始め、欧米企業の対中直接投資は減少した。そこにリーマンショックが起きたため、さらに下押しされた。