大切なのは「手放す」こと

 僕自身は講演が得意で好きだから、彼女の苦しみに気づけていませんでした。いや、本当は気づいていたけれど、気づかないふりをしていたのかもしれません。

 日本にいた頃には考えられないような栄誉あるオファーばかりが降ってきて、つい舞い上がってどんどんと仕事を受けていた。麻理恵さんが笑顔を曇らせていても、何とか背中を押して。でも、そうじゃない。僕は、間違っていたんだ。

 人々にときめきを伝える近藤麻理恵が、彼女らしくときめくことができなくなるなら意味がない。僕がプロデューサーとしてすべきなのは、仕事を詰め込むことじゃなくて、彼女が本来の姿でいられるように思い切って「手放す」ことだ。

 夜が明け、僕の考えを伝えると、麻理恵さんの頬がふーっとゆるんで、つぼみが開くように笑顔を取り戻して「よかったぁ」とひと言。緊張が解け、彼女にエネルギーが戻ってくるのを感じました(ちなみに麻理恵さんの記憶によると、このホテルの窓は少ししか開かない仕様だったため、飛び降りる危険はなかったそう。でも僕が考えをあらためるいい機会になりました)。

量を最小化し、質を最大化する

 それ以降、新しい講演のオファーは原則として辞退し、取材の数もかなり絞り込みました。感覚としては99%カット。多い時には週400件あったオファーを次々にお断りしました。唯一受けたのは、麻理恵さんが自然体で力を発揮できると確信できて、こんまりメソッドの普及にも効果的だと思えるものだけ。

 断れば、次はないかもしれません。周囲の人はそう心配してくれたりもしました。

 でも、実際に起こったことは、それとは逆のことだったのです。

 99%の周囲から寄せられる期待を捨てて、たった1%の心からときめく仕事を選んでいく。するとその1%については自然と気持ちが入るし、人を感動させられる価値を生み出せるようになったのです。

量を最小化することで、質が最大化する。
輝くために、あえて引き算をする。

 結果として、麻理恵さんの仕事の質が上がっていくというリズムが出来上がりました。特に彼女が最もやりがいを感じる片づけコンサルティングの現場では、本来の麻理恵さんの魅力がそのまま発揮され、これまでの何倍、何十倍も高い価値を生み出すようになり、クライアントに感動していただける経験が繰り返されました。

 徹底して引き算をすると、余白が生まれます。

 空白ができると、新たにチャンスが降ってきた時にもすぐに動くことができる。

 僕たちの場合、それが動画配信サービス「Netflix」で麻理恵さんのオリジナル番組をつくるというプロジェクトでした。(次回に続く)