米国は、もう世界を救わない

 トランプ大統領はしばしば、北大西洋条約機構(NATO)に対する拠出金の削減を求めてきました。NATO加盟国が相応の防衛費の負担をしていないことでも批判を繰り返してきています。

 こうした米国のNATO軽視を批判する声もあります。しかし、第二次世界大戦以降75年が経過し、NATOの役割が変わってきていることを無視してはいけません。

 NATOはソ連を中心とする共産圏に対抗するための西側陣営として誕生したものです。大前提となったソ連のワルシャワ条約機構(ソ連と東欧8カ国が結成した軍事同盟)は、ソ連の解体で消滅し、東欧諸国は競ってEUとNATOに加盟しています。

 米ソ冷戦終結前には、デンマークの首都コペンハーゲン近くの基地からソ連の旧都サンクトペテルブルク(冷戦当時はレニングラード)まで3000キロもあった距離が、今ではNATOに加盟するバルト三国の一つであるエストニア共和国のロシア国境沿いの都市から、サンクトペテルブルクまでの距離はたった140キロしかありません。つまりNATOはもう、中長距離ミサイルや長距離爆撃機などを前提とした軍備の必要がなくなったのです。本来なら必要な予算は見直されてもいいはずです。

 現在、NATOの海軍はインド洋で海賊退治をしていますが、果たしてそれが本来のNATOの役割なのかということも再考すべきでしょう。

 NATO加盟国の拡大に伴って中距離ミサイルは不要になりましたが、その結果、中距離ミサイルの開発で米国は中国やロシアに後れを取りました。対中国という観点で中距離ミサイルの開発は不可欠です。現在、米国はその後れを取り戻すために必死で中距離ミサイルを開発しています。

 米国はNATO加盟国に対して経済力に応じた分担をすべきだと主張していますが、その背後には現状の予算規模に対する疑問がありました。世界の構造そのものが変わったのに、なぜ旧来通りの考え方を変えないのかと問うているわけです。

 同じことは、在韓米軍の維持経費についても起こっています。米国が韓国に対して、在韓米軍に対する支出を5倍に引き上げるよう求めるのも、仮に韓国が地続きの北朝鮮と戦うことになったとしても、海軍がないに等しい北朝鮮を攻めるのに軍艦を増やす必要はなく、そんなムダ遣いをするくらいなら駐留経費を支払ってほしいと主張したまでのことです。

 EUは、コロナ禍で経済が疲弊した加盟国を支援すると決めました。

 恐らくEUの経済が元の状態に戻る数年後まで、EUは本格的な国際競争力を削がれた状態が続くはずです。それでも今回、米国が第二次世界大戦後のように復興支援計画を用意して欧州を支えることはないでしょう。

 この先、米国は何よりも自分たちの復興と繁栄を優先させるはずです。世界をまんべんなく栄えさせるよりも、EUを離脱した英国や日本との二国間の自由貿易協定(FTA)を前提に仲間内で繁栄を分かち合うことを選ぶはずです。

 そもそも今回の新型コロナウイルスは、第二次世界大戦のように欧州全土を焦土としたわけではありません。財政規律を守る北欧の国々は自力での復興に成功しつつあります。

 問題は緊縮財政を取らずにEUが求めた財政赤字の対GDP比率を守らなかったポピュリズムの国々ですが、彼らを米国が助ける義理はありません。

 一方でユーロ共同債の発行を決めるなど、ドイツは自国民の税金をこうした国々に使うことを決断しました。EUの盟主であり続けるための対価を支払おうと決断したわけです。

 第二次世界大戦後の75年、米国は自分たちの国を最優先するよりも世界の秩序を守るために動いてきました。しかし、もう旧来型の構図は限界を迎えたようです。

 これから米国が軸に据えるのは「アメリカ・ファースト」です。

 その上で、米国が合意できる相手とだけ合意できる点で手を結び、新しい「パックス・アメリカーナ」を構築することになるのでしょう。先に例を挙げたNATOや韓国だけでなく、日本もこの先は米国の要求に驚くことがあるはずです。

 米国の要求の根底にある思想は何なのか。米国の腹づもりが事前に分かっていれば、きっと私たち日本人が無茶な米国の要求に振り回されることは減るでしょう。

 戦後75年続いた平和な時代は終わりました。

 自国の事情を何よりも優先する米国とうまく交渉する胆力が求められます。