銀行は産業界の「プロデューサー」
――金融業界という巨大な組織の中で、個人が課題を発見するのは難しそうに思えるのですが、可能なのでしょうか?
山口:以前よりも問題は少なくなりましたが、いまの社会が理想的だということではないですし、皆さんもすごく憤るような問題があるはずです。そういう問題がなぜ現時点で解決されていないかというと、市場原理の枠組みできちんとリターンを得ながら解決する仕組みを考え出せていないからです。
問題を解決するためにはテクノロジーや資金繰りなどを統括する産業界の「プロデューサー」が必要になります。映画界では、いい脚本、いい役者、いい監督、必要な資金をコーディネートするのがプロデューサー。産業界では、それが金融機関に当たります。
実は僕の父も祖父もバンカーで、特に祖父は「産業を作るバンキング」をずっとやっていたので、「バンカーのロマン」は孫目線でもはっきりと感じていました。バンカーは黒子だけれども、黒子であることにかっこよさがありますね。
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。著書に『ニュータイプの時代』『知的戦闘力を高める 独学の技法』(以上、ダイヤモンド社)『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)など。
未来は予測せずに「構想」する
――未来はますます予測不能になっています。どんなマインドセットを持てばよいのでしょうか?
山口:問題を作ろうと思ったら「構想」が必要です。問題とは、ありたい姿と現状が一致していない状態。だから、ありたい姿、すなわち「構想」が描けないと問題は生まれません。Airbnbの例でいえば、旅の本来あるべき姿が構想としてあったからこそソリューションが生み出されたのです。
リクルートの山口文洋さんは「スタディサプリ」という事業を成功させた人ですが、山口さんにとっての理想の社会とは「教育格差のない世界」。貧乏な子が塾に行けなくて良質な授業が受けられない、だからいい大学に行けないという、経済格差が教育格差を生む構図や、首都圏と僻地の教育環境の格差を問題視し、それをビジネスの枠組みで解こうとして生まれたのが「スタディサプリ」です。
これも、構想があったからこそ問題を生み出し、ソリューションとなる事業を開発するまでに至った典型例です。
単に頑張る人は「夢中になっている」人に勝てない
山口:今後社会で競争していくうえで、一番重要なのは「夢中になる」ことです。皆さんは厳しい受験勉強を乗り越えてきたので「頑張れる」人だと思いますが、ただ単に頑張る人は最終的に「夢中になっている」人には勝てないというのが残酷な現実です。
構想がない人は夢中になれないし、夢中でない人は密度の薄い時間を過ごす一方、夢中な人は前のめりに色々挑戦するので失敗もします。20代は失敗の数が成長のバロメーターですので、30代半ばになると夢中な人とそうでない人とでは雲泥の差が生じます。
新卒で入った電通という会社に私が興味を持ったきっかけは、オリンピックでした。実はロサンゼルス五輪の直前までオリンピックは開催するたびに赤字だったのですが、ある電通の社員がそれを知って「世界中の人が注目しているのに経済価値が生まれないのはおかしい」と感じたんです。
その人は、それから1年ほとんど会社に行かず、IOCに行って大会マークの商用利用などの儲かる仕組みを提案して、オリンピックをビジネスにするためのプロジェクト作りに勤しみました。その結果、1年後にはビジネスモデルができ上がって、そこから膨大なキャッシュを生みました。この話を聞いて「こんなことが実現できるなんてすごく魅力的な会社だ」と思って電通に入りました。
(2020年12月25日(金)公開の後編に続きます)