アクセルとブレーキを同時に踏み
前進する覚悟が企業に求められる

 新型コロナウイルス感染拡大においては、国家も企業も、感染対策を十分に行いながら経済活動は活発に行っていく、というさじ加減の難しい対応を迫られています。いわば「アクセルとブレーキを同時に踏む」状態です。

 実はこういう状況では、あれやこれやを禁止・中止・停止すること、すなわちブレーキを踏むのは簡単ですが、経済を回すためにアクセルをブレーキと同時に踏まざるを得ないというのが、今回のコロナ禍においては厄介な点です。

 この「アクセルとブレーキを同時に踏まなければならない」状況は、新規事業の決裁の場面でもよくあることです。大事なのはイノベーションにより、前進すること。しかし、決裁チェーンの中で起こりがちなのは「前例がない」「調査が足りない」「リスクがある」というように、ブレーキを踏むことばかりです。なぜなら、ブレーキを踏む方が決裁者にとっては簡単だからです。

 これがクルマならブレーキを踏み続けたとしても停止するだけですが、今の企業が直面しているのは高速で進化が求められる、いわば飛行機で飛ばなければならないというシチュエーションです。飛行機で飛んでいるのに逆噴射をかけてスピードを落とせば、飛行機が落ちます。この変化が激しい時代、事業のスピードを上げられなければ、企業は「死」を迎えるかもしれません。

 事業立ち上げのゼロイチのフェーズでは、最初から十分な売り上げを立てることは困難です。しかし大企業では、これまでの経験から事業の判断基準になる物差しが売り上げや利益のほかにないという人もいます。そういう人にとっては、投資モードで我慢しなければならない導入期の事業の是非を判断することは難しいでしょう。

 導入期のサービスに必要なのは、5年、10年後の成長のために、リピート率、継続率といった指標のうち、1年目・2年目に何が増えれば勝ち筋となるか、カギとなる要素を見つけることです。この要素はひとつとは限りません。見つけた指標を今度はどう伸ばすかを企画し、準備して、3年目から採算化していく、というのがゼロイチ事業の育て方になります。

 判断基準は事業の成長ステージによって異なりますから、成長期、成熟期に適した基準が導入期にそのまま当てはまることはありません。大企業で新規事業がうまくいかない理由のひとつが、ここにもあります。

 私が好きな曲に『イメージの詩』という吉田拓郎の歌があります。この中には「古い船には新しい水夫が乗り込んで行くだろう」という一節が出てきます。

「古い船」が「新しい海」に乗り出すことをうたったこの一節から、私には、未知なる航海にチャレンジするそのとき、船を動かす若い水夫の姿が思い浮かびます。大企業も新しい領域に出なければ、変化への対応、将来の成長は見込めません。そのとき、事業を動かすのは古い人の古い考え方ではなく、新しい人の新しい考え方だと思うのです。

(クライス&カンパニー顧問/Tably代表 及川卓也、構成/ムコハタワカコ)