成功の鍵を握る「市場の選択」という概念

市場価値の高いもの、これから売れるものを見極める「マーケット感覚」の重要性を説いた、社会派ブロガー・ちきりんさんの『マーケット感覚を身につけよう』が発売から5年以上経過したいま、ふたたび売れはじめている。
前回までのインタビューでは、マーケット感覚を身につけるための前提として、「インセンティブシステム」「プライシング能力」について話を聞いた。今回は、「マーケット感覚」の1つの活用法として、就職や転職での自分の「市場価値」の高め方について話を伺った。(取材・構成/樺山美夏、写真/疋田千里)

ブロガー「ちきりん」の市場価値をどう高めたか

――市場価値の高いものを見極める「マーケット感覚」は、モノやサービスだけでなく、人に関しても重視される時代になりました。ちきりんさんは、外資系企業を辞めてフリーランスになってから、自分の市場価値をどのように高めてきたのでしょうか。

ちきりん 会社員時代からマーケティング分野の仕事をしていたので、「ちきりん」というキャラクターの価値をどう高めていくのか、あれこれ試行錯誤してきました。特に、マネタイズに成功することだけでなく、匿名・顔出しなしでも信頼されるブロガーというポジションを得ることが大きなチャレンジでした。

 そのためにはいろんな工夫を試みています。細かいことですが、社会問題についての記載が多い本体ブログ「Chikirinの日記」から、愛用品を紹介する「ちきりんセレクト」というお買い物ブログを分離したのも、その1つです。

 沖縄の歴史について真面目なエントリを書いた翌日に、便利な調理家電の紹介エントリを書いたりしていると、読者を混乱させてしまいます。また、ブログの「価値」にもいい影響がないと思い、分離しました。ちきりんセレクトは(本体ブログと異なり)アクセス数は多くありませんが、アフィリエイト収入はむしろ上がっています。

 つまり、ブランド価値を守りながらマネタイズにも成功したわけで、私にとっては、こういった試行錯誤自体がマーケット感覚を鍛えるためのプロセスになっています。

成功の鍵を握る「市場の選択」という概念ちきりん
関西出身。バブル期に証券会社に就職。その後、米国での大学院留学、外資系企業勤務を経て2011年から文筆活動に専念。2005年開設の社会派ブログ「Chikirinの日記」は、日本有数のアクセスと読者数を誇る。シリーズ累計34万部のベストセラー『自分のアタマで考えよう』『マーケット感覚を身につけよう』『自分の時間を取り戻そう』ダイヤモンド社)のほか、『「自分メディア」はこう作る!』(文藝春秋)など著書多数。
Chikirinの日記 https://chikirin.hatenablog.com/
ちきりんセレクト https://chikirin-shop.hatenablog.com/
ツイッター https://twitter.com/InsideCHIKIRIN

プラットフォームを厳選して
使い分けることで生まれる「価値」

――ちきりんさんは、発信するプラットフォームもいろいろ使い分けていますね。

ちきりん 最近は音声配信のVoicyを始めましたが、今までは長らく、はてなブログとTwitterだけで発信してきました。これも、自分の価値を伝えやすいプラットフォームを厳選して、集中的に活用したほうが生産性が高くなると判断したからです。

 一時期、Instagramがツイッターにとってかわる勢いの時期もありましたが、インスタは何より写真が大事です。おしゃれなカフェのラテアートや、こじゃれた雑貨、愛くるしい犬や猫など、写真映えするビジュアルが大事なSNSですが、私はそれらにあまり興味がありません。そんな人がインスタをやっても価値ある情報は提供できないでしょう。

 ここのところ毎年のように新メディアや新サービスがたくさん現れるので、次々新しいプラットフォームで発信を始める人もいますよね。でも自分に合わない場所や、自分の価値を伝えにくい場所にまでテリトリーを広げても、イメージが散漫になるだけかなと思って。

 それよりも、ブログでは何を、Twitterでは何を、Voicyでは何を伝えるかとしっかり考え、限られたツールを使い分けたほうがいい。私の場合ならブログでは社会問題をテーマに論理的に考えたことを、Twitterはスピード重視で時事ニュースへのコメントを、そして音声配信ではコンテンツ・クリエイターとしての活動の裏側を発信すると、明確に使い分けをしています。

転職、婚活の成功の鍵は「市場の選択」

――本の中に、「マーケット感覚」がない人の失敗例も出てきます。自分のスキルや資格が、市場でどれほど評価されているか知らずに就活や転職でつまずく人。自分を売る市場の選択ミスで婚活に失敗した男性。どれもよくありそうな話です。

ちきりん 今は婚活も転職も学校選びも、「マーケット感覚」がないとうまくいきません。高学歴で難関資格を持つ人が就職できなかったり、若くて格好よくて真面目に働いている男性が結婚できなかったりするのも、「マーケット感覚」がなくて市場の選択ミスをしているからじゃないかな。

 この「市場の選択」という概念は、『マーケット感覚を身につけよう』で紹介した中でも、もっとも知られていない、でもとても重要な概念だと思っています。

 「必死で頑張る」の前に、自分にあった市場を選択することこそが、成功の鍵なので、ぜひ多くの人にこの概念を理解してほしいです。

成功の鍵を握る「市場の選択」という概念

 あと、「組織の評価」と「市場の評価」がまったく違うと理解することも大事。新卒で就職してからずっと同じ組織にいる人は、その組織から評価された点が重要なのだと考えがちですが、市場に出たらまったく違う観点で評価されたりします。

 組織の意思決定者は上司や先輩といった特定個人ですけど、市場は不特定多数の集合体です。顔の見えない集合体の中で評価を高めるためには、失敗と成功を何度も繰り返す必要があるんです。

――自分を評価してくれる市場を見極めるためには、実際に転職活動をすることが効率的でしょうか。

ちきりん これも本に書いたことですが、日本では「失敗とは何か」ということが十分に理解されていません。失敗が怖くて転職しないという人は、失敗が成功を得るために必要不可欠な要素だと気がついていないのでしょう。

 「シリコンバレーは失敗に寛容だ」と言われたりしますけど、あそこは失敗に寛容なわけではなく、失敗経験のない人など評価しないんです。なぜなら、失敗経験がない人は成功に必要な学びを得ていないから。この失敗と成功の関係を理解できずに立ち止まっている人が、日本にはあまりにも多いと思います。

 特に最近は年齢に関係なく、20代でも強い不安感にかられて安定志向に逃げ込む人もいるし、50代でもどんどん新しいビジネスにチャレンジする人もいる。年齢じゃなく、考え方なんだなとよく思います。

 同じく安定性から正社員という立場にこだわって、子育てと仕事の両立に苦しみながらフルタイムで働き続けるワーママさんもいれば、さっさと仕事を辞め、得意なことを活かして在宅で稼ぎ始めたママさんも増えています。その違いはマーケット感覚と、一歩踏み出す勇気だけだと思います。

「市場性の高い環境」に身を置くと
人材価値が高まる

――ちきりんさんは、大学時代に経験したさまざまなアルバイト経験が、「マーケット感覚」を鍛えるうえでとても役だったそうですね。

ちきりん 大学時代のアルバイトは、大学の授業より遥かに役立ちました。自分でお金を稼ぐ経験はできるだけ早いほうがいいので、大学生はどんどんアルバイトをしたほうがいい。今ならベンチャーでのインターンなど、私の時代より遥かに多くのチャンスがあります。

 特に、親も公務員や会社員だという人は、ずっと市場から遠い場所で育ってきています。そのまま大きな組織に入ってしまうと、マーケット感覚を身につける機会が失われてしまう。そういう人はとくに意識して、市場性の高い場所に身を置きましょう。

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成功の鍵を握る「市場の選択」という概念