瞬発力を使う準備や
「プランB」も必要

御立:最近、経営戦略、経営計画は立てても意味がないという人がいます。
それは半分当たりで半分ウソだと思っています。その人たちは「何かが起きたら瞬発力を高めて反応すればいい」と主張します。でも、土屋さんがおっしゃったのは、そうしたレベルの話ではありません。瞬発力はもちろん必要ですが、頭の中に複数の視点と複数の時間軸を持ち、瞬発力を使うために、いつまでに何を準備するかという話です。瞬時の反応は深い思考と複数の時間軸をもった厚みのある準備がなければ、劇的な変化に対応できません。

土屋:瞬発力だけに期待するとあまり考えなくなってしまいます。選択肢もベストよりベターになる可能性が高い。だから、時間かかって多少効率悪いかもしれませんが、社員全員で「兆し」とらえ、アクションを起こしていく必要があります。

御立:エクセル経営ですね。

土屋:はい、突出した1人に頼るのではなく、凡人による経営なので、みんなが少しずつ知恵を出して集めます。新業態は全員が未経験でした。

御立:まして社会が大きく変化していますし、予期せぬ新型コロナの感染拡大もありました。

土屋:そうした影響を受けながら、新業態はエクセル経営で運営されています。データで相関関係や異変に気づき、解決の仮説をA案、B案の2つ考えて検証します。
検証データのよかったほうを解決策として実行します。その効果を継続的にデータで検証しながら改善を重ねていきます。社歴に関係なくデータを活用して平等に議論でき、叡智を集められますし、しかも変化に反応でき、間違っている方向に進んでいたら修正できます。

御立:社員全員の目で「兆し」を探し、実行していくというわけですね。

土屋:そうです。

御立:オーストラリアのアボリジニの人たちは瞬発力があります。野生動物に遭遇しても逃げきれる脚力をもっています。
でも、瞬発力だけに頼っていると、若くて体力のあるうちはいいですが、年齢を重ねると危険です。そうなると食料を確保できなくなります。
では、どうするか。20キロ四方程度の広い領域の中で、どこでどんな食料が得られるか、野生動物がどの時期にどこをどう移動するかすべて頭に入っています。食料の分布、野生動物の移動を考えながらゆっくり移動するというプランBをもっているのです。

土屋2つの時間軸と空間感覚をもっているのですね。

御立:世の中は変化が激しく、まるでジャングルのようになっていますが、未来の兆しを見つけて、自分たちで未来をつくっていく必要があります。
そのためには単純に瞬発力だけに頼るのではなく、深い思考、複数の時間軸、厚みのある準備が必要です。そういう意味で土屋さんの考え方は大変参考になると思いました。

御立尚資(みたち・たかし)
ボストン コンサルティング グループ シニア・アドバイザー
京都大学文学部米文学科卒。ハーバード大学より経営学修士(MBA with High Distinction, Baker Scholar)を取得。日本航空株式会社を経て、1993年BCG入社。2005年から2015年まで日本代表、2006年から2013年までBCGグローバル経営会議メンバーを務める。BCGでの現職の他、楽天株式会社、DMG森精機株式会社、東京海上ホールディングス株式会社、ユニ・チャーム株式会社などでの社外取締役、ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン専務理事、大原美術館理事、京都大学経営管理大学院にて特別教授なども務めている。経済同友会副代表幹事(2013-2016)。著書に、『戦略「脳」を鍛える~BCG流戦略発想の技術』(東洋経済新報社)、『経営思考の「補助線」』『変化の時代、変わる力』(以上、日本経済新聞出版社)、『ビジネスゲームセオリー:経営戦略をゲーム理論で考える』(共著、日本評論社)、『ジオエコノミクスの世紀 Gゼロ後の日本が生き残る道』(共著、日本経済新聞出版社)、『「ミライの兆し」の見つけ方』(日経BP)などがある。

土屋哲雄(つちや・てつお)
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を本書で初めて公開。本書が初の著書。