「できそうで、できない」ことが「健全店」の魅力

 ここで、「中国エステ」の実態についてもう少し詳しくみていこう。

 この類のエステは、大きく二つに分けられる。表向きは性的サービス禁止をうたう「健全店」、そして「抜き」(手や口等を使った性的サービス)や「本番行為」がサービスに含まれる「風俗エステ」(完全に違法)である。チェ・ホアが働いていた店は前者の「健全店」だった。当然ながら、「風俗エステ」のほうが客単価が上がる一方で、摘発リスクが高まる。

「単純なマッサージ」と異なることは明白だが、それでは、客にとって「単純な風俗」とは何が違うのか?

 20年近く前から「健全店」「風俗エステ」双方の「中国エステ」に出入りしてきたという40代のAはこう語る。

「よく『抜き』なしの健全店になぜ行くのかって言う人はいる。『風俗に行ったほうがいいじゃん』と。オイルマッサージなんかは『抜き』がなくても、日本のファッションヘルスやデリヘルと同じような値段なんだよね。なおさら『だったらなぜ』と、不思議に思う人がいるのもわかる」

「健全店がなぜなくならないのかっていうと、『できそうで、できない』からこそ通いたくなる、という男の心理をうまく突いたところじゃないかな。健全店をうたっている店でも、『抜きなし』というルールは絶対ではない。女の子次第、客次第。『その先』も全然あり得る。おれも、何度か『健全店』といわれる店で抜いてもらったこともあるし、飲みに誘って中国語を教えてもらったり、故郷の話を聞いたり、といったことも何度もあった。『予測不能なウキウキ感』が『中国エステ』、健全店にいくヤツにとっての魅力としては大きいよね」

「もう一つ、それともつながるけど、日本の風俗店との一番の違い、これは健全店に限らず『中国エステ』全般にいえることだけど、『アットホームで自然なコミュニケーション』があるっていうこと。日本の風俗店は『きっちりと仕事はしてくれる』が、システムから料金、サービスまですべてにおいて合理的というか、システマティック。『1万円払えば1万円分の満足感』が得られるが、何か物足りない。終わってすっきりもするけど、むなしさにも襲われる」

「それが、『中国エステ』の場合、従業員の女の子が住み込み状態。長く通っているなかで、常連になった店で、サービスを受けた後、女の子たちが作った料理を食べて皆で談笑したり、深夜、みんなでカラオケに行ったり、そのまま空き部屋で朝まで寝させてくれたり、帰国していた女の子がお土産で買ってきた酒やたばこをもらったり。そんなシステマティックではない、自然なコミュニケーションが生まれやすい環境がある」

 当然、「中国エステ」店が増加し、競争も激しくなるなか、Aが語る「非・システマティック」な側面は失われてきてもいる。ただ、90年代までの「中国エステ」店の多くに麻雀台があり、客が少ない時間帯は、従業員たちがカネをかけながら麻雀やトランプに興じ、また常連の日本人客もそこに参加するような風景が確かに存在したという。

 人々が「中国エステ」に魅了される理由

 また、ここ5年ほどで「中国エステ」に出入りするようになったという30代のBもこう語った。

「単純に肩が凝っていて、それを解消したいなら、普通のマッサージ店に行くだろうね。値段もそのほうがずっと安いし、うまい人の店にあたったら本当にコリをとってくれる。最近はそういう『日本人・本格派マッサージ』に対抗しようと安い値段で中国人・韓国人の男性がマッサージしてくれるような店も出てきているよね」

「じゃあ、『中国エステ』に来る男性客の真の目的が何かというと、単純に若いコに触ってもらいながら、会話も楽しみながら、ちょっとわくわくした気分になりたい、っていうところだと思うよ。まあ、キャバクラに行く気持ちと近いかな。だとすれば値段がある程度高くても理解できるよね。『常連になれば、もっと先があるんじゃないか』っていう期待を持って通う人も多いだろうし、それは普通の飲み屋とか風俗店とは違ったものだよね」

 Bが語る理由がすべてではないにしても、「中国エステ」がこれだけ全国に拡大した背景には、豊かになった日本のどこからも消えていった「貧しさ」「勤勉さ」「コミュニティの親密性」がそこに残っているという現実があったのは確かだろう。

 古くて、泥臭くて、ダサくて、適当さもはらんではいるが、バブル後の繁華街にあっても、人間味に溢れた大家族的なコミュニケーションが残存した特異点として、「中国エステ」に魅了された者が少なからずいた。そうであるが故に、中国エステという業態が生きながらえていったのかもしれない。

新興国の成長と格差、国際化が進んでも乗り越えられない壁。「豊かで幸せな生活」を求めて来日したチェ・ホアは、この後に「中国エステ」の経営者となっていく。「健全店」か、それとも性的サービスを伴う「風俗エステ」なのか。日本での安定した生活を求めた彼女が選んだ道とは。次回更新は10月23日(火)を予定。


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『漂白される社会』(著 開沼博)

売春島、偽装結婚、ホームレスギャル、シェアハウスと貧困ビジネス…社会に蔑まれながら、多くの人々を魅了してもきた「あってはならぬもの」たち。彼らは今、かつての猥雑さを「漂白」され、その色を失いつつある。私たちの日常から見えなくなった、あるいは、見て見ぬふりをしている重い現実が突きつけられる。

 

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『漂白される社会』 目次
はじめに

■序章 「周縁的な存在」の中に見える現代社会
闇の中の社会
現代社会とはいかなる社会なのか
「下世話」な存在の先に眠る契機
「周縁的な存在」と「無縁」
網野善彦に描かれた、かつての「無縁」
形を変えて生き残る現代の〈無縁〉
「無縁」の原理を貫く「周縁的な存在」
現代社会の「旅」の中へ

第一部 空間を超えて存在する「あってはならぬもの」たち

■ 第一章 「売春島」の花火の先にある未来
明治以前から売春を生業とする島
国家成長を支える公然のタブー
存亡の危機を迎える「売春島」
摘発と情報化で加速する島の衰退
「裏」の顔を捨てられない島の現実
原発誘致を巡る島民の葛藤、その選択
かつての遊女は最期の訪れを待つ
陰影にまぎれ去る者たち

■ 第二章 「現代の貧困」に漂うホームレスギャル
マクドナルドで眠る二人のホームレスギャル
池袋の少女たち
「移動キャバクラ」の実態
売春論が迎えている変化の特徴
小学生から薬物に明け暮れたリナ
キャバクラ、そしてホストクラブへの入店
「性」と「カネ」で満たされたマイカの人生
日々の顧客情報はノートで管理
わかりやすさが見落とした「現代の貧困」
夜の世界に頼れない二つの理由
わずかなつながりを頼りに今を生き続ける
「あってはならぬもの」が明らかにする社会の真実
二人のホームレスギャルが映し出す「現代社会のあり様」

第二部 戦後社会が作り上げた幻想の正体

■ 第三章 「新しい共同体」シェアハウスに巣食う商才たち
住民の死に直面したシェアハウス経営者
佐藤がシェアハウスの入居を懇願した理由
遺体の引き取りを拒否した遺族
「夜逃げ後処理屋」が営む巧妙なビジネス
遺品整理業の現場
二度目の「漂白」を迎えた佐藤の死
メディアが描くシェアハウス像への強い疑問
ほどよい“群れ具合"が物件運営のカギ
ネズミ講に求める一攫千金の夢
「オフ会ビジネス」に吸い取られるシェアハウスの住民たち
時代が生んだ「新しい共同体」に商才は群がる

■ 第四章 ヤミ金が救済する「グレー」な生活保護受給者
生活保護受給者となった元会社経営者
バブル崩壊で始まった破滅へのカウントダウン
ヤミ金にハマった松下に、ヤミ金が手を差し伸べる
「生活保護受給マニュアル」による過酷な演技指導
申請前から申請後まで、完備された受給情報
業者が斡旋するマンション、その二つの特徴
「純粋な弱者」への期待が見落とした本質
ヤミ金がもたらす「インフォーマルなセーフティネット」
「純粋な弱者」のみが許容される現代社会
「マイホーム」「幸せな家族」という幻想

第三部 性・ギャンブル・ドラッグに映る「周縁的な存在」

■ 第五章 未成年少女を現金化するスカウトマン
女のコの名前を“ポケモン"で管理するスカウトマン
キレイな街で見落とされる現代の「女衒」
未成年少女という「絶対的な聖域」
管理強化が可視化する売春ビジネス
巧妙に進化する“いかがわしさ"の代替機能
敏腕スカウトマンが語る「ビジネスモデル」の実態
情報化が生み出した新事業「援デリ」
細分化された欲望が生み出す市場のすき間
デリヘルのシステムを「援デリ」に応用
「援デリ」に訪れる環境の変化
「絶対的な聖域」があるための不可視性と希少性

■ 第六章 違法ギャンブルに映る運命の虚構
雑居ビルを彩る会員制の闇バカラ
現代の「貴族」が没頭するバカラの魅力
「持つ者はさらに持つ」象徴
「逸脱した存在」が生み出す新たな価値
闇スロットの「小さな逸脱」が人を魅了する
カネを巻き上げる手法は洗練され続ける
“馴染みやすさ"で浸透する野球賭博
熱中させる「ハンデ」の仕組み
胴元が備える絶対的な資金力
重層的な人脈が可能にする摘発逃れ
社会の隅々に浸透する「ギャンブル的な存在」

■ 第七章 「純白の正義」に不可視化される脱法ドラッグの恐怖
「ドラッグ専門家」に手渡された「脱法ハーブ」
ドラッグ吸引が引き起こした壮絶な体験
「違法」の網から逃れた、「合法」余地が拡大
薬物へのレッテルが和らげる恐怖感
「合法」薬物だから安心という「思い込み」
「ドラッグ初心者」にもたらされた変化
「脱法ドラッグ」十年の歴史
「純白の正義」で引かれた補助線の先にあるもの
売人が語る「脱法ハーブ」ビジネスの実態
社会問題ともされないアディクションのループ

第四部 現代社会に消え行く「暴力の残余」

■ 第八章 右翼の彼が、手榴弾を投げたワケ
マンションの一室に集められた「プロジェクトメンバー」
右翼団体代表がWEBサイトの運営を始めた理由
「仁義」「任侠」「絆」、そして「良心」への期待
似非同和で成り立つ「怪しい」ビジネス
力と知恵を併せ持つ者だけが生き残れる時代
右翼団体代表として迎えた絶頂期
“シャバ"は小野を受けいれる「余裕」を失う
右翼になるまでの人生
時代の変化で可視化された虚像の実態
「勢い」を見せつけた先にあるもの

■ 第九章 新左翼・「過激派」の意外な姿
デモの中の「普通の市民」ではない者たち
街中に佇む「過激派」のアジト
組織が高齢化する当然の理由
縮小を迎える「学生運動」と「労働運動」
「社会を変えたい」と活動に参加した高井
若者はなぜ、「過激派」に参加したのか
今も続く「三里塚闘争」の現場
「三里塚闘争」が残した二つの爪痕
見落とされる「正義」の重層性
六十歳の活動家が語る闘争の現在

第五部 「グローバル化」のなかにある「現代日本の際」

■ 第十章 「偽装結婚」で加速する日本のグローバル化
フィリピンを訪れた「新郎」
戸籍を汚して得る「報酬」の決まり方
厳格化するタレントビザの摘発
「偽装結婚」の摘発が進まない理由
「新郎」が語る摘発の実態
グローバル化は今に始まったことではない
二つの貧困で変わる「家族」と「結婚」

■ 第十一章 「高校サッカー・ブラジル人留学生」の十年後
簡易ベッドで眠るブラジル人
サッカー留学生がたどる複雑な生い立ち
十五歳で急遽来日、両親との再会
孤独な寮生活で溜め込むストレス
高校を中退、アルコールに依存する生活
十代後半から水商売を転々と
周囲を魅了し、裏切り、逃げ続ける
再起を賭けてふたたびサッカーの道へ
法改正で急増した浜松のブラジル人
決して逃れられない「負の呪縛」
故郷ブラジルで見続ける日本での夢

■ 第十二章 「中国エステのママ」の来し方、行く末
「豊かで幸せな生活」を求めて来日したチェ・ホア
働かない父親、貧しい環境で育った幼少時代
大学時代に募る日本文化への憧れ
転職先のアパレル企業で社長の愛人となり貯蓄
念願の来日を果たし、日本語学校に入校
「富士そば」ですすったタヌキそばの思い出
「中国エステ」との出合い
仕事で学んだ日本人サラリーマンの本音
「中国エステ」の実態
「中国エステ」は誰が始めたのか
「オニイサン、マッサージいかがですかー?」
摘発の厳格化で進む「オシャレ化」
就職と事業に失敗し、「中国エステのママ」に
五十万円で店を売却した理由
従業員の性的サービスが招いたトラブル
健全店として生き残るために磨かれる技術
できちゃった結婚と離婚、さらに「偽装結婚」へ
規制強化に翻弄されながらも経営は順調
「豊かで幸せな生活」を求めて「カネの奴隷」に

■ 終章 漂白される社会
変化する日本社会が向かう先
「周縁的な存在」と「あってはならぬもの」の正体
十二の旅で見えてきたもの
「安全や信頼」の再構築が放棄される
もはや「客観的な安全」などない
現代社会への問い、その答えの一つ
漂白される社会

おわりに

主要参考文献
索引