いつの間にか、テレビや新聞から「脱法ドラッグ」という言葉が定期的に聞かれるようになった。覚せい剤のような「違法ドラッグ」の隙間をぬって街やインターネットで堂々と販売され、なかには「合法ドラッグ」と呼ぶ使用者さえいる。その一方で、当局は規制を理由に「違法ドラッグ」と称して監視の目を強めており、「脱法ドラッグ」とはまさに「グレー」な存在なのである。
社会学者・開沼博は、「ドラッグ専門家」のサトシに密着。そこで明らかになったのは、薬物服用の危険性や「脱法ドラッグ」浸透の理由だけではない。日本社会に定着した「違法ドラッグ」への強いタブー意識こそが、「脱法ドラッグ」に対する“普通の人”の虚ろな安心感を生み出すという、語られることのなかった構造の矛盾までが見えてきた。
第8回は、「あってはならぬ」違法ドラッグを規制することから生まれた「脱法ドラッグ」の真実に迫る。連載は全15回、隔週火曜日更新。

1グラム1600円で手に入る「脱法ハーブ」

「サトシ、今買ってきてよ」

 40代のフリーライターの高田は、そう言って旧知の「ドラッグ専門家」サトシに3000円を手渡した。最近になって世間を賑わすことも多い「脱法ドラッグ」の取材を始めるにあたり、現物を手に入れておこうと思ったのだった。

 繁華街の奥まったところにある中華料理店で待つこと5分足らず。帰ってきたサトシは何も言わずに、「1パケ」(1グラム)の「脱法ハーブ」を差し出してきた。その値段は、1グラム1600円、「リズラー」(巻紙50枚)は250円だ。

慣れた手つきで「手巻きハーブ」をつくるサトシ

 店の外に出ると、サトシは「3グラムだと4200円くらいでお買い得なんですけどね。これは最近出た種類なんです」と説明を始めた。

「オレ、ここ1年、だいたい毎日(ハーブ)欠かしたことないんですよ。ただ、ずっとやってると何をやっても効かなくなる。相当な量をやらないと全然キマらないから、カネがかかる。それで最近ショップの店員に相談したら、出てきたのがこれ。ダウナー系(感覚を抑制して気分を落ち着ける)の強力なやつですね。ただ、ダウナー系なんだけど眠れなくなる。シャブ(覚せい剤)みたいなアッパー系(感覚が鋭くなり強い幻覚をもたらしたりする)も混じってるかもしれませんね」

 そう言いながら、リズラーの上にハーブと手元にある紙切れでつくった「クラッチ=フィルター」を手際良く乗せ、「手巻ハーブ」をこしらえると火をつけて吸ってみせた。

 そして高田は、「試しに」と一口だけ、本当にたった一口、しかもごく浅くハーブを吸ってみせた。「肺に入れることはなく、口の中に煙を一瞬だけ泳がせてすぐに吐き出した」高田は、後日、その時の感覚をこう振り返っている。

“普通の人”がドラッグを体験するとどうなるのだろうか……。