橘シング、関東初上陸!
当時の吹連の全国大会は関西の大阪城ホールと関東の幕張メッセで代わる代わる開催されていました。ところが幕張メッセは「全国大会には少々手狭だ」ということで、2009年から大阪城ホールでの恒久開催が決まっていました。つまり、ラストとなる関東での全国大会です。
2008年の演目は前年度の改良型。コラールはモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を選び、規定演技は引き続き「バンドワゴン」でしたが、ひたすら正面、つまり審査員席からの見栄えを考えたコンテに変更しました。前年のブロックフォーメーションでのローテーションのような、難しい割に効果のない演技をやめたのは、やはり「勝つため」でした。
ショータイムは「シング・シング・シング」ではなく、そのパロディとしてジョン・ウイリアムズが作った映画音楽、「スウィング・スウィング・スウィング」を多用して、両曲のミックスバージョンを初めて演奏しました。
オレンジの悪魔たちが「シング・スウィング・シング」と呼んだりするこの「2曲折衷バージョン」は、このときから現在に至るまで、毎年その比率を少しずつ変えながら進化を遂げ、今や橘のマーチングコンテストの定番となっています。ファンの間でもすっかり有名になり、「今年はスウィング・スウィング・スウィングの配分が多めだった」などという会話が交わされるそうです。
しかし2008年は「シング4年目、折衷版は初披露」。さまざまなイベントで人気を博したため、関西ではすでによく知られるようになった「橘シング」の、関東への初上陸でした。
「プログラム16番、関西代表、京都府、京都橘高等学校。ドラムメジャーは……」
アナウンスとともにオレンジの悪魔たちが元気に入場し、フォーメーションを取ります。
まずは「アヴェ・ヴェルム・コルプス」をしっとりと演奏し、続く規定課題の「バンドワゴン」をきっちりとこなします。そしてサックスアンサンブルでしばらく静止したかと思うと、ドラムによるシングのイントロが始まります。私は真正面でその姿を見守っていましたが、会場の反響は、一種異様なものでした。
関西の観衆にとって、「シング」はもはや「待ってました!」の人気演目で、「ドンドンズドドン」というドラムソロが始まれば「よーし、来たっ!」という空気にその場が包まれていきます。
ところが橘のコンテスト出場史において、最初で最後の「シング、関東に上陸」。今ほどユーチューブも一般的ではなく、関東の人たちはこのとき初めて「橘シング」に接したようなものです。何の事前情報も予備知識もなかった会場は、ただただ呆っ気にとられているように見えました。
「いったい、何が起こってるんだ?」
こみ上げる笑顔のまま、跳ねる! 踊る! 吹きまくる! 観客は今、目の前で展開されている光景が、にわかには信じられなかったのかもしれません。
はたして、エンディングの「ヘイ!」というキメのポーズの後、一瞬会場は静寂に包まれました。何か、空気が真空になったような感じでした。
ところが、会場全体が息を飲んだ静寂の直後にやってきたのは、怒濤のような拍手喝采の嵐でした。その熱狂度は、地元関西のそれをはるかに超えていたのです。