「感染症は、医師の診断や治療がうまくいけば治る可能性が高い半面、失敗すると命に直結し、医師の裁量が大きく出る。その点で早くから感染症の研究に関心を持っていました。学生時代にピペットを握ったことが、今につながっています」

多分野の知識が必要な、
感染制御研究

 感染制御研究の難しさは、複数の要素が絡み合うことにある。抗がん剤の開発や病気の診断であれば、医学や分子生物学が研究のメインの分野だが、感染制御分野は「病原体がなぜ生き残るか」という点を見なければならない。

「飛沫の飛散や感染性粘液の研究は、流体力学などの物理化学の世界。医学と物理化学の両方を知る人間が舵取りをしないと研究は進みません。さらに、医学研究だけではニーズを把握できないため、臨床と研究の両立が重要ですが、多忙な医師が多いため、他分野融合が難しいという現状もあります」

 難しいからこそやる価値もある。廣瀬助教は、研究と消化器内科の臨床を両立させて物理学的な流体シミュレーションや解析にも取り組む。

 医学の分野では、2000年代初期に出た治療薬は軒並み新しく変わり、最新の薬は格段に効果が高まっている。それにもかかわらず、感染制御の分野だけが変わってこなかった。

 だが、廣瀬助教らの研究で、ようやく変化の兆しが見えている。現在は国内メーカーとの共同で、皮膚についたウイルスを素早く無効化する研究を進めている。

 また、付着する素材によって病原体の生存期間が変わることもわかり、そのメカニズムの解明にも力を注ぐ。

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 接触感染と飛沫感染のリスクについてはまだよくわかっていないが、廣瀬助教は飛沫が空間内に漂うエアロゾル感染の可能性も視野にいれ、接触感染のリスクも重視する。

 現在の関心は、皮膚上のウイルスが体内にどれくらい入れば感染が成立するのか、そして飛沫ウイルスはいつの段階で感染力を失うのか。流体シミュレーションは、感染力を失うところまでを計算して作る。

「これらの部分が解明できれば、さまざまな感染リスクが評価できてウイルスに強くなれる。今後10年、20年、おそらく非常に面白い分野になるでしょう」

(文・小坂綾子)

AERA dot.より転載