安易な心理的安全性はうさんくさい

中竹:普通の会社であれば、「そんなことを言っても、株式会社は儲けてなんぼなんだから」などという反論が起こりそうです。クレドーと現場の乖離が出てくるものですよね。

玉井:わかります。ただクレドーの第四の責任は、株主に対するものです。クレドーでは、顧客を第一にしながら、社員の教育などもしっかり行い社員全員が強いリーダーとなることを目指し、社員のモチベーションを高く保って、社員が自分たちで地域社会のことも考え、その結果として利益につながるような行動をすることにある、とされています。

 ただ、これは簡単なことではないですよね。もちろん適当な製品を出していいとはどこにも書いておらず、イノベーティブで競争力があり、患者さんのため、顧客のためにより良い製品を継続的に届け、同時にコストも下げて利益につなげる必要があります。クレドーに書かれていることは、優しい文言のように見えて、実はとても厳しいんです(笑)。高い目標を継続的に掲げなければ、それは実現できません。

中竹:スポーツの世界では、早くからウィニングカルチャーを実現するためのフレームワークがありました。そこで大事にされてきたのが「心理的安全性」です。

 最近では、さまざまな場面で心理的安全性が注目されていますが、本来それは最後の問題で、最初はチャレンジングな高い目標に向かって努力することからはじまっていく。ですから、苦しいのは当然です。そこで高めあいながら、その上に心理的安全性がある。安易な心理的安全性はうさんくさいと思います。

玉井:わかります。いまは、そうした傾向が少しありますね。

中竹:安易な心理的安全性を許しているところは、きっとどこかで衰退するでしょうね。しかし、クレドーを見ると厳しい部分がしっかりと組み込まれています。

玉井:そうだと思います。現在のようなコロナ禍では、誰もが不安を抱きますよね。ただ、不安が増えるからといって、「社員に優しく」というメッセージばかりでも良くありません。クレドーの中に書かれているすべてのステークホルダーへの責任を果たす意味でもバランスが重要だと思います。

中竹:本当にそうですね。

玉井:最終的には企業なので、社員にだけ優しくして顧客から正しく認められなければ、その企業は存続できません。それは、忘れてはいけません。

中竹:これだけ利益面でも成長できているのは、常に高い目標を掲げていることに加え、単なる仲良し集団の心理的安全性ではなく、互いに切磋琢磨し、強い要求をし合わないと、実現できないはずです。

 スポーツの世界では、「ノー・ストーン・アンターンド」といって、とにかくすべてを試してみようと考える組織文化が根づいているチームが勝ち続けると言われています。

 過去に取り組んだことによって成功したとしても、それをそのまま踏襲するのではなく、仮にうまくいっていても、さらに良い方法を探そうと推進することが大事です。クレドーの第四の責任は、まさにそのことを指していると思います。ジョンソン・エンド・ジョンソンの社員は、クレドーに基づいて働くことが自然であり、そこに喜びを感じているという気がしますね。

玉井:もちろんいつも100点ということはありません。だからこそ、毎年しっかりとサーベイを行っているわけです。クレドーに書かれた四つの責任に基づいた質問がたくさんあり、毎年少しずつ内容を変えながら継続しています。同じ年のサーベイの質問はグローバルで統一しているので、国ごとに比較もできますし、前回と比べてどの項目に変化があったかをつかむこともできます。

中竹:そのサーベイは、リーダーに対するサーベイと組織に対するサーベイですか。

玉井:厳密に言うと2種類あって、一つはリーダーシップに対するものです。もう一つは、もう少し自分たちの周りの身近なことについての質問が多いサーベイです。たとえば「みなさんのキャリア開発について、上司としっかり会話ができていますか」「何か懸念があったらそれを自由に言えますか」「品質を高く保ち、コンプライアンスを守っていますか」「お客さまのニーズの変化に迅速に対応できていますか」などといった質問です。

中竹:どちらかというときれいごとで終わってしまいそうなところに、ドンピシャの質問を差し込んでくるわけですね。評価されるほうとしてはどきどきしますね。

(対談中編は2021年3月12日公開予定です)