プロフェッショナルが陥りがちな
危険な「落とし穴」とは?

 あれは、クーリングオフで深い挫折を味わってから、1〜2ヵ月くらい経ったころのことです。

 当時、僕の成績は”ジリ貧”傾向にありました。新たにアプローチできるお客様の数が減ってきていたうえに、クーリングオフで自信喪失していたため堂々とした商談もできていなかったのでしょう。「このままいったら、終わる」と、ジリジリとした焦りを感じていた時期でした。

 そんな状況のなか、あるお客様と会っていただいたときのことです。

 お話を伺うと、その方は、すでに他社の生命保険に加入されていることがわかりました。正直、がっかりしましたが、まだ諦めるわけにはいきません。他社と交わした保険契約の内容がよくないものであれば、もっとよい保険をご提案することができるからです。

 しかし、ご説明いただいた保険契約は、その方にとって過不足のない、非常によくできたものでした。その方の説明を聞きながら、喉から手が出るほどほしい「売上」が、どんどん遠ざかっていくのを感じていました。

 そして、僕のなかには、ある欲求が生まれていました。

 僕は保険や金融のプロフェッショナルです。あれこれ理由をつければ、自社商品に切り替えてもらうチャンスを生み出すこともできます。お客様は金融知識に乏しいため、どうにか言いくるめることは可能なのです。

 実際、その方の説明を聞き終わったときには、こういうロジックで話せば”逆転”できるかもしれないというイメージが湧き上がっていました。その言葉は、すでに喉元まできていました。もうあとひと押しすれば、僕はペラペラとしゃべり始めていたはずです。

 でも、それを制止する自分もいてくれました。

 その自分は、僕にこう語りかけてくれました。

「これ、誰の保険?」

“For me”の気持ちを
吹っ切れる瞬間がある

 答えは決まっています。

 この保険は、僕の保険ではなく、目の前のお客様の保険です。だったら、余計なことをしたらアカンやろ?「お客様にとってよいことをする」のがお前の仕事やろ? そら、「売上」は欲しいけど、無理矢理「売ろう」としたって、嫌われるだけやで……。

 ほんの数秒だと思いますが、そんな自問自答をしていると、自分のなかの葛藤がスッと消えて、腹が決まったような感覚がありました。そして、”妙な間”に、ちょっと怪訝そうな表情を浮かべているお客様に向かって、自然な感じでこう言うことができたのです。

「その保険、すごくよいと思います。いい保険に入られていますね」

 一瞬、胸に痛みが走りました。

 これで、「売上」がなくなったことが確定したからです。

 しかし、「ほんとですか? プロにそう言ってもらえると、ものすごく安心できますね」と喜ぶお客様の顔を見ると、こっちも嬉しくなりました。

 なんか「いいこと」をしたような気がしましたし、自分のなかで、「吹っ切れる」ような感覚があったのもよかった。「いい保険に入られていますね」と口に出して言ったことで、「もう俺は、無理矢理売ろうとはしない」と吹っ切れたような気がしたのです。”For me”の気持ちを手放すことができたようで、実に清々しい気持ちでした。

 そのお客様はとてもいい方で、「でも、なんか申し訳ないですね。金沢さんは保険の営業マンだから、ご自分の商品を売りたいはずなのに……」と気遣ってくださいました。それに対しても、僕は本心からこう応えることができました。

「いえいえ、”売る”ことだけが僕の仕事じゃないですから。お目にかかった方が、その人に最適な保険に入っていらっしゃることが、僕にとっていちばん嬉しいことなんです」

 それまでも、自分の中では「保険はお客様のもの」「売ろう、売ろうとするのではなく、お客様にとってよいことをしよう」と言い聞かせていましたが、本心からそう思えているとは言えませんでした。だけど、それを実際の営業の場で実行してみたら、一気にそれが「本物」になったような感覚を覚えました。

「目先の売上」を追うのではなく、
「信頼という資産」を積み上げる

 しかも、話はこれで終わりませんでした。

 それから、しばらく経ってから、そのお客様からこんな連絡をいただいたのです。

「こないだはありがとうございました。なんか、金沢さんに申し訳ないと思って、保険に入ることを検討している知人がいないかなとアンテナを張ってたんですよ。そしたらね、いたんですよ。ちょっと会ってやってくれませんかね?」

 これは、嬉しかった。

”For me”の営業ばかりしていたために、僕の歩いたところは”焼け野原”になっていましたが、ついに自発的に新規のお客様をご紹介しようというお客様が現れたのです。新たにアプローチするお客様がどんどん少なくなっていくことに危機感を募らせていた僕の前に、まだ微かではありましたが、明るい光が差したような気がしました。

 この経験が、僕の営業マンとしての「原点」になったように思います。

 なぜなら、このときはじめて、「目先の売上」を追いかけるのではなく、僕のことを信頼してくださるお客様を増やすことが大事だということが腹に落ちたからです。

 そのときは契約をお預かりできなくても、僕のことを「人間」として信頼してくださるような関係性を築くことができれば、そこから「新たな可能性」が拓けていくことがある。そのことを体験できたのは、僕にとって非常に大きなことでした。

 そして、自分なりに営業という仕事のイメージが見えてきたように思いました。

 というか、自分の勘違いに気づくことができました。僕は、連載第4回でもお伝えしたように、とにかくアプローチするお客様の「母数」を増やすことが大事だと考えていました。これは、決して間違いではありません。しかし、最も重要なのは、「僕という人間」を信頼してくださるお客様の「母数」をコツコツと増やしていくことだったのです。

 そのときはご契約いただけなかったとしても、「保険に入るなら、金沢から入ろう」と思っていただければ、その方が「保険に入ろう」と思われたときには、真っ先に僕に連絡をしてくださるはずです。あるいは、その方の親族や知人に保険が必要な方がいたら、僕を紹介しようと考えてくださるに違いありません。

 もちろん、保険に入ってくださるのは、1年後かもしれないし、5年後かもしれないし、10年後かもしれません。もしかしたら、ずっと入ってくださらないかもしれません。だけど、それでいいのです。とにかく、「僕という人間」を信頼してくださる方々の「母数」を増やすことが大切なのです。

 なぜなら、営業は「確率論」だからです。「僕という人間」を信頼してくださる方の「母数」が増えれば、必ず、僕に「保険に入りたい」と連絡をくださる件数は増え、成約件数も増えていくのです。

 このときの経験によって、僕は、そんなイメージをもつことができました。

 そして、その後、営業経験を重ねることで、このイメージが「絶対的な正解」であることを実証することができました。営業マンとして成功するためには、「目先の売上」を追いかけてはいけません。それをすればするほど、営業マンは追い詰められるだけ。そうではなく、「信頼という資産」をコツコツと蓄積していくことが重要。その「資産」があれば、必ず「道」は拓けていくのです(詳しくは、『超★営業思考』に書いてありますので、ぜひお読みください)。