小倉昌男には利益の出る
未来が明確に見えていた

 着々と構想が進んでいく宅配ビジネスですが、問題はその事業経済性です。小倉さんは特段どこかで、事業経済性の理論を学んだわけではないと思うのですが、ここでも驚くほどの洞察を見せます。

 個人小荷物の宅配事業は、……ネットワーク全体で収支を見ることになる。はじめはネットワークを作るのにコストがかかるし、利用度が低いうちは収入も少ないから必ず赤字になる。しかしネットワークができ、利用度が高まって収入が増えれば、損益分岐点を超え、利益が出るはずである。

 宅配の事業は効率が悪いから絶対に儲からない、とは限らない。ネットワークの損益分岐点を超さない限り、たしかに利益は出ないが、ネットワークの上を荷物がどんどん流れれば必ず損益分岐点を超え、利益が出るという性質のものだ。それが私の結論であった。(pp.86-87)

「共有コスト」と「固有コスト」の違いを明確に意識したきわめてロジカルな経済性の理屈がカミソリのように書かれていますが、別の章では、この事業が儲かっていくイメージを、まるで画家のようにありありと語っています。

 一生懸命頑張ってネットワークを作り上げる。そのネットワークの上を毎日荷物が流れていく。それがある日、ある数を超したとき、じわりと利益が滲み出てくる。段々滲み出る日が多くなると、ネットワークのどこからか利益がぽたりぽたりと滴り落ちる。そしてやがてそれが集まって、ちょろちょろと溜まり始める。どこから出て来るのかはわからないが、全体として利益が出る。ネットワーク事業というものはそんなものではないだろうか──。(pp.103-104)

 経営コンサルティング、そして投資事業に長く携わってきた者として、これほどまでに見事な事業仮説とその論理的検証、そして事業経済性の洞察を語ってくれるストーリーには出会ったことがありません。まさに圧巻のIdiosyncratic Vision、「俺には見える」事業観の真骨頂です。何度読んでも、鳥肌が立ちます。