楠木建 一橋大学教授「経営の王道がある。上場企業経営者にぜひ読んでもらいたい一冊だ」と絶賛、青井浩 丸井グループ社長「頁をめくりながらしきりと頷いたり、思わず膝を打ったりしました」と激賞。経営者界隈で今、にわかに話題になっているのが『経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営』だ。
著者はアンダーセン・コンサルタント(現アクセンチュア)やコーポレート・ディレクションなど約20年にわたって経営コンサルタントを務めたのち、投資業界に転身し「みさき投資」を創業した中神康議氏。経営にも携わる「働く株主®」だからこそ語れる独自の経営理論が満載だ。特別に本書の一部を公開する。

誰がやっても採算がとれない個人宅配事業で、ヤマト運輸はどう利益を上げたのかPhoto: Adobe Stock

『小倉昌男 経営学』は
これ以上ないリアルな戦略書籍

 ヤマト運輸が宅急便事業を始めたころの話です。実質的な創業者である小倉昌男さんの『小倉昌男 経営学』という本に、障壁構築にまつわる要素、たとえば独創的な事業仮説が生まれた背景や、仮説をバックアップするためのロジックと調査、そして周りからの強烈な反対といったすべての要素が収められているのです(*1)。引用が少し長くなってしまいますが、これ以上のリアルな戦略書籍はめったにないので、お付き合いください。

*1 小倉昌男著『小倉昌男 経営学』日経BP、1999年

 この本のまえがきは、こんな文章から始まっています。

 とても事業として成り立つとは思えなかった宅急便、無謀ともいえた郵便小包への挑戦が、挫折することなく伸長している……ヤマト運輸の試みは、誰しも失敗するだろうと考えていた。(p.1)

 大正時代に創業されたヤマト運輸は、第二次世界大戦前は日本一のトラック運送会社でした。でも戦後、長距離路線の進出に遅れ苦境に陥りました。打開策として多角化を指向したものの、基幹業務の商業貨物輸送の収益も悪化し、いよいよ危機を迎えていました。

 そういった状況で社長に就任した小倉さんは、当時、郵便局だけが独占していた個人宅配市場に着目しました。集配効率があまりに悪い個人宅配は、誰がやっても採算がとれないと思われている、いわくつきのビジネスだったにもかかわらずです。そのためこの事業は国家の独占事業とされ、戦後何回もの値上げによって、なんとか維持されている状態でした。

 個人の生活に基づいて行われる小荷物の宅配は、需要が多くまったく偶発的でつかみづらいから、事業は不安定である……たった一個の荷物を求めて表札を探しながら依頼者のお宅にうかがうと、配達先は青森といわれるかもしれないし、鹿児島といわれるかもしれない。コストはいくらかかるかわからないが、運賃は郵便小包料金より高くは取れないはずだから、儲からないどころか大きな赤字が出ることは間違いない。(p.71)

 これが個人宅配市場に関心を持ち始めた当初の、小倉さんの初期的かつ常識的な観察でした。