事業仮説が大きいほど
反対も大きい

 しかしこの話はそれでは終わりません。この仮説がこれほどIdiosyncraticであるがゆえに、小倉さんは社内の猛反対に遭うのです。

 役員たちの反応は悲観的なものだった……百貨店配送は、日本橋や新宿のデパートから荷物が出るから集荷の苦労はない。それに対して東京二十三区に散らばった市民の家庭から一個ずつ集荷するのは大変な苦労を要する。そんな仕事を始めれば赤字間違いなしというのが、役員全員の意見であった……極端に効率の悪い個人の宅配事業は、絶対に赤字が出るという先入観は抜きがたいものがあり、当初賛成に回るものは役員の中に一人もいなかった。(pp.94-95)

 社内の反対はある意味、当然です。基幹事業になっている商業貨物輸送を離れ、少なくとも当面は大きな赤字を出し続けることが決まっている個人宅配事業を始めようとするのですから。小倉さんのすごいところは、そういった社内の猛反対をしっかりと受け止め、説得し、事業の実現を果たしたところにもあります

「百論を一つに止めるの器量なき者は、慎み惧れて匠長の座を去れ」とは、「最後の宮大工」と呼ばれた西岡常一棟梁の言葉ですが、経営者の仕事というものは、単に大きな事業仮説を立てるだけでなく、その仮説が大きければ大きいほど生じる猛反対を、論理と人徳で説得し組織を前に向かせる、という点にもあるのですね。

 このように生まれた宅急便ビジネスのその後は、みなさんよくご存じの通りです。

 誰もが忌避する市場に着目し、人とは異なる事業仮説を立てる。他の誰にも見えない儲かる論理をありありとイメージし、誰もが嫌がるほどの圧倒的なリスクを取る、コストをかける。それが圧倒的なボリュームであるがゆえに、真似しようとしても真似することができないほどの高い障壁が築かれ、数多くの働く人々が長きにわたって温かいスープをいつまでも飲むことができる。超過利潤が生まれ、長く続く。経営者一人の仕事ぶりで、働く人・投資家、そして経営者自身も大きく報われる……。

 障壁の構築には圧倒的な「投下資本」が必要条件であり、経営者の「事業仮説」が十分条件ではないか、という私の主張を、小倉さんの事例以上に雄弁に物語ってくれるストーリーはないのです。

(本原稿は『経営者・従業員・株主がみなで豊かになる 三位一体の経営』の内容を抜粋・編集したものです)