『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』では組織文化の変革方法についてまとめています。組織文化について研究を進める中で、私が注目したのが大阪市立大空小学校。映画『みんなの学校』の題材になったこの学校には、不登校も特別支援学級もなく、みんなが同じ教室で学んでいます。これを実現できたのは学校の「空気」を変えたからだといいます。組織やチームづくりにも共通する「空気」の変え方を初代校長の木村泰子先生に聞きました。(構成/新田匡央)

中竹竜二さんと木村泰子先生(写真右)

中竹竜二さん(以下、中竹):私が木村先生に興味を持ったのは、たまたまラジオを聞いているときに、映画『みんなの学校』の話が出てきて、その中で「なぜ子どもたちが学校に通い続けるのか」という質問に対して、木村先生が「空気が違う」という話をされたのを聞いたのがきっかけです。

木村泰子先生(以下、木村):中竹さんも『ウィニングカルチャー 勝ちぐせのある人と組織のつくり方』の中で「空気」という言葉を使っていますよね。実は私が私も中竹さんにお会いしたかった最大の理由もそこなんです。

 今まで、いろいろなところで、いろいろな人と大空小学校で私がやってきたことを共有しようとしてきたんですが、実際には見えないものを見ようとするリーダーが少ないんです。

 空気を見ようとするよりも、先に規則を決め、マニュアルを決め、それを拠り所にして周りの人を引っ張るのがリーダーシップだというふうに思っているのかもしれません。

 ですが私は、リーダーシップとは人と人をつなぐこと以外にないと思っています。

 私は大空小学校の校長として、子どもと子どもをどうつなぐか、子どもと教職員をどうつなぐか、教職員と保護者をどうつなぐか、地域住民と子どもたちをどうつなぐかを考えてきました。

 最終的にはそれは、人と人をつないでどのような空気をつくるか、ということです。この空気づくりのコーディネーターとしての役割が、校長の仕事だと思って9年間やってきました。

中竹:木村先生が大空小学校の校長に任命されたのは、おそらく木村先生しかできないからだったと思うんです。そもそも、どのような形で大事なミッションを受けられたんですか。

木村:大空小学校は、完全にアウェーの状態からの開校でした。地域から歓迎されて「みんなでいい学校をつくろう」という雰囲気とは真逆のスタートだったんです。

 大空小学校のある地域は、20年間にわたって、学校を開校することを、地域住民が行政に対して反対していたんです。

中竹:20年間も。

木村:はい。たまたま近くにある大きな学校の教室が足りなくなり、みんなが嫌がっている地域に分校を建てて、高学年は分校、低学年と中学年は本校という体制で、この課題を解消していました。その体制に変わって3年目に、その小学校の校長として私が赴任したんです。

中竹:木村先生は使命を感じておられたと思いますが、大空小学校に異動を命じられた先生は、たまたま異動でそこに来ただけですよね。

木村:そう。すべて偶然です。教職員は「え? 何で突然、こんなところに学校ができて、自分たちがここで働くことになったの?」というところからのスタートでした。

 地域住民にしても、「ずっと反対してきたのに、とうとう学校ができてしまった。どうなるのだろう」というところからのスタートだったわけです。

 保護者にしても、それぞれの町内会で反対運動の署名を集めていた学校が、自分の子どもを通わせる学校になるわけですから、すべてがアウェーですよね。ただ、だからこそ楽しかったんです。

中竹:アウェーの環境を楽しんで突き進むのは、木村先生の性格ですか。

木村:いえいえ、私はそんなに強い人間ではありません。どちらかというと、みんなと仲よくしながら幸せに暮らしたいタイプです(笑)。

 でもね、許されないようなおかしなことってあるじゃないですか。校長は学校のリーダーですから、おかしなことにリーダーが声を上げなくて、リーダーの仕事はほかに何かありますか?

 公立学校の最上位の目的は「すべての子どもの学習権を保障すること」以外にはありません。それは、どれだけ貧困であろうが、障害があろうが、友達を殴ってしまう子であろうが、すべての子どもが、地域の学校に自分の居場所があって、安心して自分らしく学べることができる。「一人の子が不登校だけれど、ほかの子どもは学力が上がっているからいいか」なんていうことは通用しません。

中竹:一人でも不登校で来られない子がいるなら、それに目をつぶらない。それは学校全体を人間として捉えるとすると、不登校の子どももその一つの部位だと考えているわけですよね。切り離せない、全体の中の大切な一部だからこそ、その子だけを切り取るようなことは絶対にしない、と。

 そういった考え方は、公教育ではよく言われるし、文書に書いてあることもあります。しかし、それを体現している人をほとんど見たことがありません。木村先生は、なぜそこを体現して、貫けたのでしょうか。

木村:これまでに、残念なリーダーをたくさん見てきたこともあるかもしれません。

 もちろん自分に問題があるのかもしれませんが、一緒に働いた学校の校長で「こんな校長先生みたいになりたい」と感じたことがあまりなかったんです。だから、自分がリーダーになったときには、自分が嫌と思ったことだけはしないようにしようと決めたんです。

 自分にビジョンがあるわけでも、理想的な人間になりたいと思っているわけでもありません。そんなかっこいい思想は、私の中には全然ありません。

 こんなふうに言いながらも、私だって嫌なことをしているはずなんです。でも、気づいたらやり直せばいいと思っています。

中竹:木村先生は、違和感を覚えたり、ちょっと空気が違うなと感じたりするとき、どこでそれをキャッチしていますか。

木村:大空小学校は完全にアウェーからのスタートだったので、教職員も子どもたちも、過去の悪しき学校文化をいったんすべて捨てないと、学びがスタートできませんでした。

 文化って、空気がつくり出すものですよね。

 私が提示した理念はたった一つ、「すべての子どもの学習権を保障する」こと。それも、これは私が考えたものではなく、憲法第26条に書かれてあることです。

 一人でもそれが享受できていないなら、それは学校のどこかに、その子どもが吸えない空気があるからです。そこで、突然集まった教職員に「すべての子どもの学習権が保障できないような従前の教育を全部挙げてみよう」と呼びかけて、みんなで白い模造紙に書いたところ、100項目以上が出てきました。

中竹:すごい。

木村:自分が頑張ることではなく、過去の悪しき学校文化、悪しき空気だから、いくらでも書けるわけですよ。

 それを一覧にして、「この理念の下で、これから学校をスタートさせるけれど、この理念を達成するために残さないといけないものはあるのか」とみんなで考えました。

 結果は、一つもなかったんです。

 ベテランになればなるほど、力の指導は子どもを脅迫、洗脳しているだけだという内容を書いていました。でも力でないと指導できないと考える先生もいるわけです。子どもになめられないために力の指導をしている先生たちも実際にいます。そういう人たちは、力の指導は捨てたくないから反対したい。でも、残すものはないだろうと捨てていきました。

中竹:そこがスタートだったわけですね。

木村:こうしてゼロからスタートしたのは、校長のトップダウンではありません。全員が出しあったものを理念に基づいて捨てていったので、みんな納得せざるを得なくなったんです。

 過去を残したまま改革していけば、うまくいかなかったときには過去に戻ります。過去の成功体験に戻れば、何とか進めるからです。

 でも、過去をすべて捨ててしまったら、うまくいかなかったとしてもゼロに戻るだけで、また新たにつくっていくしかないわけです。

 ところが、この新しくつくっていく作業は、教職員が一人だけではできません。チーム力を結集しなければできなかったので教職員がチームになっていったんです。

中竹:先生の間に、全員がチームのことを考える空気が浸透していたんでしょうね。

(対談中編は2021年4月11日公開予定)