14勝1分け3敗――ヘッドコーチとしてオーストラリア、日本、イングランドの3ヵ国を率いたエディー・ジョーンズのワールドカップ3大会での戦績だ。残した数字を見ただけでも、彼を名将だと言って異論を唱える者はいないだろう。
エディー・ジョーンズはいかにして奇跡を生んだのか! 2015年ワールドカップで「ブライトンの奇跡」といわれた南アフリカ戦から2019ワールドカップでのイングランド準優勝にいたるまで、エディーは何を考え、行動したのか。初の公式自叙伝となる『エディー・ジョーンズ わが人生とラグビー』の訳者髙橋功一さんにこの本のエッセンスを聞いていく。(構成・編集部)
「ブライトンの奇跡」のあと、伊藤剛臣さんが大野均選手に贈った言葉とは
――高橋さんの翻訳文の中で、特に試合について書かれた部分が、実況を聞いているようで、選手たちの息づかいまで感じる文章でした。試合のビデオを見ながら、訳されていたのですか?
髙橋功一(以下、髙橋) 本書がわざわざページを割いて取り上げているのは、エディーさんにとって、そしてチームにとって重要なゲームばかりです。なかでも勝負の行方を決定づけるような重要な場面が細かく描写されています。ラグビーをそれほどご存じない読者の方にも、スタジアムにいる観客のように、プレーヤーたちのぶつかり合いや、ゲームの緊迫感や臨場感が少しでも伝わればと思って翻訳にあたりました。ですので、そう感じていただけたなら嬉しいです。
書籍の伝達手段は文字ですから、プレーヤーの動きは文章に置き換えられています。原文をそのまま日本語にするだけでは、どうしても分かりにくかったり曖昧な表現になったりしてしまうため、確認の意味からも、おっしゃるようになるべくゲームのビデオを観るようにしました。思わず見入ってしまい、時間を取られてしまうことが多かったので、かなり時間はロスしましたが(笑)。
――試合の場面の訳で気をつけられていたことはありますか?
髙橋 そうですね、選手の動きやプレーに関する表現が英語と日本語では若干異なりますし、かといってあまりラグビー用語を頻出させても分かりにくくなってしまうので、なるべく平易な表現にすることですね。あとは文章にリズムが生まれるように、文の長さや、文尾の終わり方に気をつけていました。
それから最初の質問に対する答えと重なりますが、翻訳なのでもちろん原文ありきですが、やはり読み手の頭のなかにゲームの流れがなるべく具体的に浮かぶように、自分でもその場面を思い描きながら、ボールの動きやプレーヤーの動きを念頭に、文章に置き換えていったように記憶しています。
――①平易な表現にすること②文章にリズムが生まれるように、長さ、終わり方に気を配ること③ボールの動き、プレーヤーの動きを念頭に文章を置き換えること、というのが3つのポイントなんですね。面白い!ところで、特にどの試合の場面が印象に残られていますか?
髙橋 2001年のスーパーラグビーの決勝戦や、2003年のワールドカップオーストラリア大会の決勝戦なども印象に残っていますが、やはり何といっても2015年第8回ワールドカップでの「ブライトンの奇跡」につきます。とくに終了間際、リーチ マイケルがスクラムを選択し、スタジアムのボルテージが一気に高まる場面です。本書のなかで目が潤んでしまう場面はたくさんあるのですが、ここも読むたびに自然に涙がでてきます。
余談になりますが、日本代表は1995年に南アフリカで開催された第5回大会で、ニュージーランドに17対145の歴史的大敗を喫しており、それまでワールドカップを迎えるたびに、その話が蒸し返されてきました。この試合に出場していた伊藤剛臣選手が「ブライトンの奇跡」のあとで、大野均選手に「自分たちの試合の記憶を消してくれてありがとう」と言ったそうです。
またこの2015年大会前には、2019年のワールドカップを日本でやっても成功はおぼつかないだろうから、南アフリカでやったらどうかとワールドラグビーに働きかけていたと聞いたこともあります。この「ブライトンの奇跡」がなければ、2019年のワールドカップも日本で開催できていなかったかもしれないのです。
もうひとつ挙げるとすれば、やはり2019年大会、準決勝のイングランド対ニュージーランド戦ですね。エディーさんは2003年大会でも準決勝でニュージーランドを破っていますが、2019年大会の準決勝も素晴らしかった。でも何より印象深かったのは、試合前のニュージーランドのハカに対して、イングランドがV字フォーメーションで対抗する場面でしょう。本書の裏表紙もこの写真が使われていますし、なぜこうした行動をとったのか、本書にはその経緯が詳しく語られています。
――ありがとうございます。今日は、「ラグビーの試合の場面をどう訳されているのか?試合の場面の訳で気を付けけられていること」ついてお話をお聞きしました。次回もよろしくお願いします。