キャビンで目を覚ます。就寝前に枕元に置いた腕時計の針は、午後6時50分を示している。ただしこの時計は日本を出たときのまま、時差の調整をしていない。日本との時差は14時間のはずだから、現在の正確な時刻は午前4時50分ということになる。そろそろ夜明けのはずだ。
まだ薄闇のデッキに出る。船尾、つまり東側の空は、微かに明るくなっている。
デッキをぐるりと回る。船首の向こうに黒い陸地が見える。そしてぽつぽつと見えるオレンジ色の光。現在の船の速度は20ノット強のはず。時速にすれば40キロ近く。ほとんど車の速度だ。つまり船は(多くの人が抱くイメージより)かなり速い。陸地は少しずつ大きくなり、そして明るくなる。オレンジ色の光のほとんどは街灯のようだけど、人家の灯りらしき光も見える。ゆっくりと動く光はおそらく車だろう。
「おはようございます」
背後からふいに声をかけられた。振り返れば、今年の春に会社を退職したばかりだという市原さんだ。デッキの手すりに手をかけた市原さんは、前方の黒い陸地をまじまじと眺めてから、「やっと来たねえ」とつぶやいた。
「森さんはイースター島は初めてかい?」
「初めてです。市原さんは?」
「もちろん初めてだよ」
「めったに来れるところじゃないですもんね」
「そうそう」
うなずきながら市原さんは、船尾の方向に視線を送る。水平線の上に姿を現しかけた太陽の光が、海面に一筋の光の帯を作りながら、キラキラと無数のガラスの破片を散りばめたように反射している。続々と薄暗いデッキに上がってきた大勢の乗船客たちは、双眼鏡を目に当てながら興奮気味だ。
イメージは「何となく無人島」、でも本当は違う
見えますか?
いや見えない。
あれは違うのかな。
あれは樹だよ。
だって並んでいるよ。
本当だ。もしかしたらあれかな。
そんな声があちこちから聞こえてくる。隣に来た年配の女性が双眼鏡を貸してくれる。目に当てれば、海岸沿いの集落の所々に、横一列に並ぶ幾つかの黒い突起が見える。でも形まではまだわからない。