せっかく美術館に行っても、
ただの「知識の確認」で終わっていないか?

藤田 『13歳からのアート思考』は、編集作業をしているときから、「これはめちゃめちゃいい本になるぞ!」「この本を読めば、絶対に世の中の見方が変わる!」という手応えがありました。帯の推薦文をいただきたくて中原淳先生(立教大学経営学部教授)に原稿を読んでいただいたところ、朝方に電話がかかってきて「今後、美術館に行っても以前のような鑑賞はできない。もう元の体に戻れない。人を変えてしまう本だ!」と言ってくださって、さらに自信を得ました。

 それで、本書の再校ゲラが出たぐらいのタイミングで、当時六本木で開かれていた「バスキア展」に行ったんです(ジャン=ミシェル・バスキア:1988年に27歳で早逝したアメリカのアーティスト)。末永さんの原稿を読んでいましたから、僕もすっかりアート思考を身につけたつもりで作品を鑑賞したんですが、じつは自分が1ミリも変身していないことがわかった(笑)。

「いい」とも「悪い」とも思わなくて、浮かんだ感想といえば「なんだろう、これ」です。それでけっこうしょんぼりして、末永さんに「ぼく、全然なんにも変わっていませんでした……」って報告したんですけど、そのときはまだ本のメッセージをちゃんと理解しきれていなかったのだと思います。むしろ、本を出したあとに、末永さんと一緒に企業研修の場で登壇したり、たくさんの方たちの感想・レビューを読んだりするなかで、「そういうことだったのか!」とじわじわ納得感が広がっていきました。

末永 同じように、以前は私自身も作品との向き合い方がわかりませんでした。じつは今回、Udemyさんで動画講座をオープンさせていただき、「アートの島」として有名な瀬戸内海の直島で、実際に生徒のみなさんに授業をしながら撮影を行いました。

参考:
【ベストセラー著者と実践!】大人こそ受けたい『アート思考』の授業
──瀬戸内海に浮かぶアートの島・直島で3つの力を磨く(Udemy)

 今回の講座では取り上げられなかったんですが、直島には李禹煥(リ・ウファン:日本在住、韓国生まれの現代美術家。1936年生まれ)の《関係項─対話》(2010)という作品があります。こちらなんですが、写真をご覧になってみていかがですか?

藤田 海辺に石が2つ転がっていて、その間に鉄板の壁がある。不思議ですが面白い作品ですね。

美術館で「これ知ってる!」しか感想が言えない人がやってしまいがちな「ものの見方」李禹煥美術館 写真:山本糾

末永 今回、直島でこの作品を見たら、私もどんどん自分なりの問いや答えが浮かんできました。ただ、実を言うと、10年ほど前にもこの作品を見たことがあるんです。そのときは「李禹煥の作品は『もの派』と言われている。もの派の作品は周囲の環境に影響を与える」という知識が先行して、まともに鑑賞できませんでした。「たしかにこの作品があることによってまわりの環境のあり方が変わるな…」で終わっちゃったんです。

 でもそれって、全然自分で感じたことではなく、単なる知識の再確認です。しかも「もの派」についてたいして詳しかったわけでもありません。せっかく目の前に作品があるのに、「あとでちゃんと勉強し直さなきゃな…」なんて思いながら鑑賞しているわけですから、自宅でカタログを見ているのと同じです。そのときは気づいていませんでしたが、これってすごくもったいない見方なんですよね。そうした過去の自分に対する反省は、今回の動画講座にも反映されていると思います。

藤田 どんな講座になったのか、拝見させていただくのが楽しみです。

(後編に続く)