レイトステージのスタートアップは、外部のステークホルダーに対する説明責任も増します。上場に向けて求められる「経営管理体制」の重要性について、グロースキャピタル運用者の観点から考えます。

上場後の成長ポテンシャルを占うスタートアップの「経営管理体制」Photo: Adobe Stock

経営管理レベルの違いは如実に表れる

朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):今回はレイトステージにおけるスタートアップの「上場企業候補としての耐性」を確認するうえでの1要素、「経営管理体制」について考えてみたいと思います。主にバックオフィス・管理部門の業務や、組織マネジメントの洗練度といった観点ですね。

小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):前回、事業計画の精度について話しましたが、計画精度の根底にあるのは、適切な経営管理です。適切なサイクル・適切な単位で経営状況を表す数値を正しく把握できるかということですね。これは会社の基礎体力とも言えます。優れた会社とそうでない会社には、かなりの差があり、上場企業であってもグラデーションがあると感じます。

村上誠典(シニフィアン共同代表。以下、村上):そうですね。

小林:上場企業ですから、上場企業に当然求められる水準には達しているはずではありますが、長期的な成長を企図するスタートアップには、「ギリギリ上場できるかも」という水準ではなく、より高いレベルの経営管理が求められます。

村上:スタートアップでも、経営管理のレベルには差があります。例えば、「こういった資料はありますか」と問い合わせたときに、要点を押さえたエクセルが即座に送られてくる会社もあれば、1週間も2週間も経って提出されたものがこちらの知りたいことにマッチしていない、という会社もあります。そうした点にレベル差が如実に表れますね。

小林:そうですね。普段から適切な単位で経営管理することができているかどうかが1つの分岐点ではないでしょうか。ローデータでもいいので、経営状況の把握に直結する数字を、スピード感を持って出せる会社と、かなり複雑なエクセルワークをしなければ必要な数字が見られない会社、後者のパターンは意外に多く見受けられます。

朝倉:管理体制の問題なのでしょうが、会社の主要指標が十分に整理されていない状況だと、グロースキャピタルの立場からは、その後の経営エンゲージメントのプロセスが困難になるだろうとは想起します。

村上:経営管理、経営指標の把握に、経営陣がどれだけ注意を払ってきたか、が表れますよね。上場するために最低限整備した、というレベルでは十分ではなく、経営管理の能力自体を経営の価値に変えているか、会社の強みに昇華できているか、というレベルが求められると思います。

朝倉:経営者の優先順位付けや意識が色濃く反映される部分ですね。管理部門は確かに間接部門ですし、プロフィットセンターではありません。特に初期のスタートアップでは、まずはプロダクト・事業を磨き成長させることを優先しますから、どうしても経営管理が後回しになりやすいのは理解できる部分もありますが、レイトステージになると、こうした機能の差が成長力の差に直結します。

村上:経営管理体制が整備されていれば、意思決定の質が圧倒的に高まります。ただ、最低限の監査を受けて上場することを目指すだけなら、実は低いレベルでもクリアできてしまうんですよね。繰り返しになりますが、グロースキャピタル運営者の立場としては、最低限でなく、競争力として活かせるくらいの経営管理体制を求めたいと思っています。

経営管理は投資家コミュニケーションの基盤となる

村上:上場企業になると、四半期ごとの決算などで投資家との面談機会も増えます。インベスター・リレーションズ(IR)は、基本的に1時間のミーティングですべてが完結し、経営者がどう答えるか、投資家に厳しく見られます。投資家の質問に対して、シャープに答えられなかった瞬間に、経営管理体制に問題があるのではないか、適切な戦略を立てられていないのではないか、という疑念を抱かれてしまうんですよね。

朝倉:スタートアップもレイトステージになると、外部への説明力がより求められるようになります。経営管理体制に注意を払い、必要なリソースを割かないと、外部のステークホルダーは、「今後この会社は適切に経営・運営されていくのだろうか」といった不安を抱えてしまいます。

村上:例えばリーマンショックの後、日立製作所は1000社規模の子会社の状況をより迅速に把握し、投資家との対話の質を高めるために経営管理体制を刷新しました。ITシステムを駆使して構築した既存の仕組みを、大胆に引き揚げる判断をしたそうです。上場企業にとっては、それくらい重要性が高い課題なんですよね。

事業部門のKPIにも反映できる仕組みを

小林:経営管理体制の構築・進化について、初期段階では経営管理を担う、コーポレート部門をしっかりと構築すること。さらに進化して、経営管理部門・コーポレート部門だけではなく、事業部門にも適切な経営管理の考え方が定着し、それが重要経営指標(KPI)にも反映され事業運営の隅々まで行き渡ること。これが理想の状態だと思います。

村上:24時間365日、いつ誰に何を聞かれてもいいように、KPIをすべて把握できる状態を構築できているか。上場企業のIRでは、このレベルが求められるわけです。レイトステージの段階から、そうした高いレベルへの耐性があるかといった点は見極めていかないといけません。上場後に、さらに大きな差が広がってしまうでしょう。

小林:コーポレート部門だけではなく、事業部門にも適切な経営管理が浸透していることも重要です。例えば、日々の営業KPI管理と、クラウド営業管理ツールが整合し、スムーズに運用される優れた仕組みがある会社なら、現場に聞くだけでパッと数字が出てきます。コーポレートが手間を掛けてエクセルを使用しなくても、ダッシュボードでみんなが把握できているような状態であれば、よりよいでしょう。

村上:もちろん、いきなりそこまでの仕組みを作りあげてほしいということではありませんが、上場すればそのような経営管理体制が求められることになるのは確かです。レイトステージであれば、十分な備えが必要になると思います。

*本記事はsignifiant style 2021/3/14に掲載した内容です。(ライター:岩城由彦 編集:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)