オバマ政権で経済ブレーンを務めた経済学者による『ROCKONOMICS 経済はロックに学べ!』(アラン・B・クルーガー著、望月衛訳)がついに刊行となった。自身も熱烈なロックファンだというの経済学の重鎮アラン・B・クルーガーが、音楽関連のデータ分析と関係者へのインタビューを通じて、経済的な成功や人生における幸福への道を解明した驚異的な一冊だ。
バラク・オバマ元大統領も、以前から「Rockonomics(ロッコノミクス=ロックな経済学)」というコンセプトに強い関心を示しており、「何十年も積み重なってきた経済の問題を解くカギがここにある!」と熱い絶賛コメントを寄せている。
ますます不透明性が高まるいま、「人々を熱狂させる未来」を“先取り”する存在であり続けてきた音楽に目を向けることで、どんなヒントが得られるのだろうか? 本記事では同書の一部を抜粋して紹介する。
スーパースター現象の経済学
──運と才能の増幅装置
作詞する人に作曲する人、ミュージシャンがいなくては、作る人も演奏する人もおらず、音楽は成り立たない。
少なくとも、機械学習アルゴリズムと人工知能(AI)が進歩してコンピュータがポップ・ミュージックを作曲し、歌詞を書けるようになるまではそうだ。
あなた笑ったかもしれないけど、コマーシャル用やミュージシャンの訓練用に、AIを使ってメロディが創られるなんてこともどんどん増えている。将来、ミュージシャンはコンピュータ・プログラマーに取って代わられるかもしれない。
とりあえずのところ、大事なのはこんな疑問だ。
「ミュージシャンが音楽なんて危なっかしい生業に手を染めるのはどうしてだろう? ミュージシャンの生い立ちは時とともにどう変わってきただろう? ミュージシャンはどんな形でどれだけ稼いでいるのだろう?」
この先の章で、ガレージバンドから超スーパースターまで調べていくのだけれど、そのときにこうした疑問も追いかけることになる。
仕事としてミュージシャンをしている人の大部分は、人知れず技を磨くのに精を出す無名の人たちで、どうにかこうにか糊口をしのいでいる。
スーパースターになるのはほんのひと握りだ。一部のアーティストがスターにのし上がり、同じように才能あるアーティストが無名で貧しいままなのはどうしてだろう?
経済学者は、まず、もっと簡単な疑問から手をつける。
そもそもスーパースターが出やすい業種ってどうしてそうなんだろう?
小売店の売り子さんや保険の営業担当、看護人だと、スーパースターなんて出てこない。音楽以外にも、スーパースター現象が起こりがちな分野は少ないけれど増えている。どうしてそんなことに?
音楽業界を道しるべに、経済学者はスーパースターのモデルを開発した。
モデルは時の試練に耐え、経済に幅広く適用できるのがわかった。
ある業種がひと握りのスーパースターに牛耳られるには、その業種の市場に欠かせない特徴が2つ必要である。
1つ目は規模の経済だ。つまり、自分の才能をより多くのお客に提供するのに追加でかかる費用は、お客が1人増えてもほとんど増えない。
2つ目に、アーティストは不完全代替財でないといけない。つまり、彼らの作品は差別化されていて独自でないといけない。
音楽にはどちらの要素も備わっている。成功した歌い手やバンド、オーケストラはどれも独自のサウンドを持っている。そして録音された音楽は、ひとたび録音されれば追加の費用をほとんどかけずに何十億人もの聴き手にだってちゃんと届けられる。
一方、たとえば医療業界だと、外科医にはすごい人もすごくない人もいるが、1人の外科医が1日にやれる、たとえば人工股関節置換手術の数は限られている。最高の外科医は羽振りがいいだろうけれど、そんな彼らと他の外科医の差は、最高のミュージシャンと曲を録音して出せる他のミュージシャンの差ほどには大きくならない。
規模を拡張できることがスーパースターの誕生に大きな役割を果たす点に最初に注目したのは、125年前の偉大な経済学者アルフレッド・マーシャルだ。
マーシャルもエリザベス・ビリングトンの仕事に焦点を当てた研究をしていた。彼女は当時最高のオペラ歌手だった。
皮肉にもマーシャルは、ミュージシャンを市場の規模に縛られた仕事の例に使っていた。デジタル録音技術にマイクロフォン、音楽ビデオが出てくるずっと前、マーシャルはこう指摘した。
いわく、ビリングトン夫人が手に入れられる聴き手の数は強く制限されている。というのは「人の声が届く相手の数は抗いようもなく限られているからだ」。
しかし今日、デジタル技術のおかげで、実質的に費用もかけずにどれだけ多数の聴き手にも声が届き、一方で、選ばれたひと握りのスーパースターがものすごく成功するようになったのである。
(本原稿は『ROCKONOMICS 経済はロックに学べ!』(アラン・B・クルーガー著、望月衛訳)からの抜粋です)
経済学者(労働経済学)
1960年、アメリカ合衆国ニュージャージー州生まれ。1983年、コーネル大学卒業。1987年、ハーバード大学にて経済学の学位を取得(Ph.D.)。プリンストン大学助教授、米国労働省チーフエコノミスト、米国財務省次官補およびチーフエコノミストを経て、1992年、プリンストン大学教授に就任。2011~2013年には、大統領経済諮問委員会のトップとして、オバマ大統領の経済ブレーンを務めた。受賞歴、著書多数。邦訳された著書に『テロの経済学』(藪下史郎訳、東洋経済新報社)がある。2019年死去。
[訳者]望月 衛(もちづき・まもる)
運用会社勤務。京都大学経済学部卒業、コロンビア大学ビジネススクール修了。CFA、CIIA。訳書に『ブラック・スワン』『まぐれ』『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』『身銭を切れ』(以上、ダイヤモンド社)、『ヤバい経済学』『Adaptive Markets 適応的市場仮説』(以上、東洋経済新報社)、監訳書に『反脆弱性』(ダイヤモンド社)などがある。