アメリカ全体の所得の分布に起きたことを極端にするとそんな姿になる。
1979年から2017年で、所得にトップ1%の家計が占める割合は2倍になった。1979年、トップ1%の家計は国民所得の10%を占めていた。2017年にはそれが22%になった。
このやり方で測ると、今日のアメリカ経済の所得は、ブルース・スプリングスティーンが「ボーン・イン・ザ・USA」を世に出したとき〔1984年〕のロックンロール業界と同じぐらい、偏った分布になっている。
スーパースターと勝ったやつが全部持っていくあり様へと経済全体がなびいている原因の1つに、デジタル技術の発展がある。
成功している起業家は、アプリやなんかのデジタル技術を何十億ドルものお金に変えられる。
アメリカで一番お金持ちなほうから6人のうち5人(ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグ、ラリー・エリソン、マイケル・ブルームバーグ、ジェフ・ベゾス)──5人の財産を合わせると世界の人口全体が持つ財産の半分近くになる──が大金持ちになれたのはデジタル技術のおかげだ。
デジタル技術は規模の拡張が可能だ。そう経たないうちにデジタル技術が進歩して、最高の外科医がものすごくたくさんの患者を手術できる日が来るかもしれない。
技術革新によるこの革命で、経済や社会に他にもいろんな変化が起きた。そんな変化は、どれも音楽業界では見ればすぐわかるぐらい顕著だ。
ほんの少し、おうおうにしてわからないぐらいの質の違いが、最高とそれ以外を隔てる。その結果、成功するかどうかはこれまで以上に運のなせる業だ。いい音源をいい瞬間に世に出せるかどうかが、成功するか失敗するかの決め手になる。
同じことが経済にも大々的に当てはまる。
ゲイリー・キルドールとデジタル・リサーチが、新しく出すパソコン用にオペレーティング・システムを開発してくれという注文を1980年にIBMから最初に貰った条件で受けていれば、ビル・ゲイツだって今ごろビルってだれだっけぐらいの扱いになっていたかもしれない。条件を吞んでもらえなかったIBMは、ビル・ゲイツのひよっこみたいな会社に目を向けたのだ。
成功するかどうかを事前に予測するのは難しいし、ましてや成功間違いなしなんて、最高のアーティストでさえあり得ない。
消費者の好みは気まぐれだし、アーティストが売れ出すと、群れて動く人の習性がそんな流れに拍車をかける。
音楽業界には一発屋もよくいる。曲がヒットするには運がとても大きな役目を果たすし、運は雷よろしく、同じ場所にはめったに落ちない。業界の専門家でも、かかっているものは大きいというのに、勝ち馬を選ぶのはなかなか難しい。
(本原稿は『ROCKONOMICS 経済はロックに学べ!』(アラン・B・クルーガー著、望月衛訳)からの抜粋です)
経済学者(労働経済学)
1960年、アメリカ合衆国ニュージャージー州生まれ。1983年、コーネル大学卒業。1987年、ハーバード大学にて経済学の学位を取得(Ph.D.)。プリンストン大学助教授、米国労働省チーフエコノミスト、米国財務省次官補およびチーフエコノミストを経て、1992年、プリンストン大学教授に就任。2011~2013年には、大統領経済諮問委員会のトップとして、オバマ大統領の経済ブレーンを務めた。受賞歴、著書多数。邦訳された著書に『テロの経済学』(藪下史郎訳、東洋経済新報社)がある。2019年死去。
[訳者]望月 衛(もちづき・まもる)
運用会社勤務。京都大学経済学部卒業、コロンビア大学ビジネススクール修了。CFA、CIIA。訳書に『ブラック・スワン』『まぐれ』『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』『身銭を切れ』(以上、ダイヤモンド社)、『ヤバい経済学』『Adaptive Markets 適応的市場仮説』(以上、東洋経済新報社)、監訳書に『反脆弱性』(ダイヤモンド社)などがある。