人々を熱狂させる未来を“先取り”し続けてきた「音楽」に目を向けることで、どんなヒントが得られるのだろうか? オバマ政権で経済ブレーンを務めた経済学者による『ROCKONOMICS 経済はロックに学べ!』がついに刊行となった。自身も熱烈なロックファンだという経済学の重鎮アラン・B・クルーガーが、音楽やアーティストの分析を通じて、ビジネスや人生を切り開くための道を探った一冊だ。同書の一部を抜粋して紹介する。
音楽産業はどれくらい「デカい」のか?
どういう切り方をしても、音楽は経済的に言ってどちらかというと小さな産業だ。
2017年の音楽への支出は世界全体でたった500億ドル、つまり世界のGDPの0・06%にすぎない。
エンタテインメント業界の残りと比べてもなお、音楽業界は小さい。
世界全体で、2017年にエンタテインメントとメディアに遣われたお金は2兆2000億ドルだ。
音楽はその業界の中でたった2%を占めるにすぎない。
以前、ラス・クラプニックにこう言ったことがある。音楽業界のベテラン・コンサルタントだ。
「音楽会社の顧問をやってる経済学者がなんでこんなにいないのかびっくりだよ」
彼の答えはそっけなかった。
「そりゃ音楽じゃあんまり儲からないから」
返す言葉もない。
音楽業界を大きな絵図に置いて見ると、北アメリカでプロスポーツに遣われるお金は音楽業界全体に遣われるお金の3倍を超える。
大学とプロのフットボールを分けて見ても、売上高はそれぞれ音楽業界より大きい。
アメリカ人は音楽よりもタバコに5倍を超える額を遣っている。
何が驚きって、タバコ会社はアメリカ人が録音された音楽に遣うよりもたくさんの額をタバコの広告につぎ込んでいるってことだ。
また、ぼくらは音楽よりも他のいいことにずっとたくさんお金を遣っている。
たとえばぼくらがスポーツジムに遣っているお金のほうが50%多い。
アメリカ人がスポーツジムに会費を払って、でも行かなかった分だけで、もう録音された音楽の売り上げ全部を超えてしまう。
音楽で一番儲かっているのはどこ?
音楽に流れたお金はどこへ行くのだろう?
図2・1は、2017年の音楽全体への支出が主な分野のどこへどれだけ流れたかを示している。
でも気をつけてほしい。音楽業界に関しては突っつきまわせる幅広い財務データがあったりはしないのだ。
契約は非公開、コンサート・チケットの売り上げと録音で得られる収入がそれぞれいくらかなんてめったに公表されない。
クリフ・バーンスタインはメタリカやレッド・ホット・チリ・ペッパーズなんかのマネージャーだ。彼がぼくにこう言ったことがある。
「オレらの商売じゃ透明性なんてあんまないわけよ」
ぼくは断片的なデータ、それを頭に入れたうえでの読み筋、それに業界のプロのアドバイスに頼って、音楽ではお金というパイがあちこちにどう切り分けられるのか、推し量らないといけなかった。
但し書きはこれぐらいにして、今日、音楽業界で遣われるお金のだいたい半分は録音された音楽に流れ、だいたい半分はライヴ・パフォーマンスに流れている。
ファンはだいたい、録音された音楽を聴いて楽しんでいる。
一方、今どきのミュージシャンがお金の大部分を稼ぐのはライヴなのだ。
(本原稿は『ROCKONOMICS 経済はロックに学べ!』(アラン・B・クルーガー著、望月衛訳)からの抜粋です)
経済学者(労働経済学)
1960年、アメリカ合衆国ニュージャージー州生まれ。1983年、コーネル大学卒業。1987年、ハーバード大学にて経済学の学位を取得(Ph.D.)。プリンストン大学助教授、米国労働省チーフエコノミスト、米国財務省次官補およびチーフエコノミストを経て、1992年、プリンストン大学教授に就任。2011~2013年には、大統領経済諮問委員会のトップとして、オバマ大統領の経済ブレーンを務めた。受賞歴、著書多数。邦訳された著書に『テロの経済学』(藪下史郎訳、東洋経済新報社)がある。2019年死去。
[訳者]望月 衛(もちづき・まもる)
運用会社勤務。京都大学経済学部卒業、コロンビア大学ビジネススクール修了。CFA、CIIA。訳書に『ブラック・スワン』『まぐれ』『天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す』『身銭を切れ』(以上、ダイヤモンド社)、『ヤバい経済学』『Adaptive Markets 適応的市場仮説』(以上、東洋経済新報社)、監訳書に『反脆弱性』(ダイヤモンド社)などがある。