転職サイト「ビズリーチ」などを運営する巨大スタートアップ、ビジョナル。『突き抜けるまで問い続けろ』では創業後の挫折と奮闘、急成長を描いています。「ビズリーチ」を一躍有名にしたのがテレビCMです。女性が人差し指を立てて「ビズリーーーーチ!」と言うシーンを記憶している人も多いでしょう。印象的なCMですが、実はこれは同社が窮地に追い込まれた時の一手として考え出されたものでした。テレビCMへの挑戦を決めた彼らは「CMの成功パターン」を模索し始めました。『突き抜けるまで問い続けろ』第五章を一部編集して公開します。(本文は敬称略)
■CM誕生秘話01回目▶「ビズリーチのテレビCM、窮地に追い込まれて打った最後の大勝負だった」
(前回のあらすじ)窮地に追い込まれた2014年~2015年ごろのビズリーチ。狙い通りの成果が出せず企業体力は削られていった。危機的な状況に直面したとき、ある事業の売却によって同社に大金が転がり込んできた。振って湧いた恵の雨を、ビズリーチ創業者の南壮一郎はテレビCMに投入すると決断した。最初で最後の大勝負に乗り出した。
CMの成功パターンを探せ
南は再び、課題のセンターピンを立てることから始めた。
探ったのは、「CMの成功確度を高めるカギは何か」という点だ。定石通り、徹底的な調査に乗り出した。
当時、テレビCMを打っているインターネット系のスタートアップは何社かあった。南はそうした企業の経営者に次々とアポイントを取り、話を直接聞きに行った。
見極めようとしていたのは、成功のフレームワークだ。成功するCMにはどんな要素が含まれているのか。逆に失敗するのはどんなパターンか。
色々な人に会う中で、南は特にラクスル社長の松本恭攝と、グノシー会長の木村新司の助言が、課題意識の琴線に触れた。
「松本さんは、とにかくテレビもインターネット広告と同じような感覚で、ちゃんとROI(投資利益率)を分析するべきだと指南してくれた。彼らがどのようにCMの効果測定をしているかも細かく教えてくれた」
のちにそのノウハウは、ラクスル自体が「ノバセル」というサービスで商用化していくことになるが、効果を可視化することの重要性を南は教わった。
一方、木村の話は、社外のパートナー選びの重要性を説くものだった。
「テレビCMがうまくいくかどうかは、どうせ予測できない。でも、失敗したら絶対に誰かのせいにしたくなる。後悔したくないなら、最初から一番手の広告代理店、そしてその中でも一番いいチームと組むべきだ。それ以外と組んで失敗したら、無念さがずっと払拭されない」と木村は力説した。
これらの聞き取りから、南は二つの結論に至った。
一つは、自分たちが本気で取り組める広告代理店を選び、その中でエースが揃うチームを探すこと。
もう一つは、CMの効果をネット広告と同じレベルで測定できる仕組みを構築することだ。
広告代理店については、悩みに悩んだ末、最終的には木村のアドバイス通り、業界最大手の電通に依頼することを決めた。しかし、ビズリーチのような小さなスタートアップが正面からいきなり電通に依頼しても、本気で対応してもらえる可能性は低い。そこで南は人脈を駆使し、電通の社内事情をよく知るアドバイザーを起用することを決める。
電通とのパイプ役を任せたのは、永田大輔という男だった。永田は学生時代、Zホールディングス社長の川邊健太郎らと共に、電脳隊と呼ぶベンチャーを創業していたが、大学院卒業と同時に電通に入社。テレビ業界を担当したのちに独立し、フリーのプロデューサーとして活動していた。
南は永田に事情を説明し、「このプロジェクトを最優先にするので、同世代のエースを揃えてほしい」と要請する。事情を聞いた永田は全面的な協力を約束し、すぐに電通社内の同期の精鋭たちに声を掛け始めた。
南の思いに共感し、「自分たちの世代を代表するスタートアップを一緒に育ててみたい」と考えるチームが電通内に結成された。当時の南と同じく、全員が30代の血気盛んなメンバーである。集まった顔ぶれを見た南は、このチームと勝負することを決めた。
南はこのプロジェクトを社長直轄とすることに決めた。ビズリーチ事業は既に多田が統括していたが、テレビCMに限っては南が全責任を持った。
「普段は1円単位で必死にマーケティング効果を求めている現場に、いきなり数億円のテレビCMで勝負しろと言えば、規律が乱れるに違いない。多田をはじめ、ビズリーチ事業を担う若手の経営陣に無駄なプレッシャーを与えたくない。一度きりの大勝負だからこそ、すべて自分の責任になるようにした」
いざプロジェクトが動き出すと、すぐに浮上したのがテレビCMで「何を訴求するか」という議題だった。
限られた時間の中でもっとも訴求したい根幹のメッセージはどうあるべきか。「人材データベースの質」「採用コストの安さ」「ダイレクトリクルーティング」など、ビズリーチの持つ価値は変わらない。だがテレビを見ている人がそれを理解できるよう、ビズリーチの価値を改めて定義し直す必要があった。
誰に訴求するのか
ビズリーチの核となる価値を議論するため、まずはテレビCMの訴求対象を決めた。それは採用の決裁権を持つ企業の管理職である。
「電話で営業しても普段は決して電話口に出ることのない、採用の決裁権を持つ経営者や部長クラスにメッセージを直接届けたい」
南ら経営陣の中には最初から明確なターゲットがあったが、チームからは異論も出た。
「せっかくテレビCMで無数の視聴者にビズリーチを訴求するのだから、求職者も対象に含めてはどうか」
「経営者や部長の肩書を持つ人は視聴者全体の中で見ればわずかだろう。むしろ視聴者は、圧倒的に求職者の方が多いはずだ」
こうした意見が出ても、南らの意志は変わらなかった。
「あれもこれもと盛り込めばメッセージがブレる。とにかく、採用の決裁者に伝えるCMにする」
最後は、南が自分の思いを押し通した。
ターゲットが決まれば、CMを放映する時間帯も定まってくる。採用の決裁者がもっとも見ていそうな時間帯といえば、平日の朝と夕方以降、そして土日だ。南は電通チームの営業担当者と膝詰めで放映枠を決めていった。
この作業は極めてアナログで、A3用紙に番組の編成が記載されており、CMの枠を色分けしながら、どの時間に放映するか決めていく。本来は広告代理店の営業担当者が担う事務仕事だが、南ら経営陣がすべての枠を一つひとつ吟味し、どの時間にCMを放映するのかを議論して決めていった。
「夕方5時には、企業の管理職はまだ家に帰っていない。だからここの枠は消してください。その代わり、日曜日のこの時間帯に多く入れてほしい」
放送枠の番組内容や視聴率を細かくチェックし、指示を出していった。もちろん、そんな指示を出す経営者は過去に例がない。電通の営業担当者も最初は驚いたという。
だが、次第に本気度を理解していく。最終的には、営業担当者と南は完全に意思が疎通した関係となり、CM放映枠もあうんの呼吸で調整できるようになった。この細かいやり取りの積み重ねが、大きな成功を呼び込む要因になっていく。
(2021年7月25日公開記事に続く)