発売即重版が決定した『1万人の脳を見た名医が教えるすごい左利き』(ダイヤモンド社)。
著者の脳内科医・加藤俊徳氏に、左利きでダイヤモンド・オンラインの記者、山本興陽氏が自身の経験から「左利きの右利きへの矯正」について聞きました。(構成・吉田瑞希)
「無理な右利きへの矯正」
まったく話さなくなった幼少期
山本興陽(以下、山本):私は幼い頃、食事中にスプーンを持つ際や、公園でボールを蹴る際、ぱっと出るのが手も足も左で、母親が「この子、もしかして左利きなのかな?」と思ったそうです。
現在、26歳ですが、20年ちょっと前はまだ左利きが、世間であまりよしとされていなかったですよね。だから、母親も「将来、この子が苦労するかもしれないから」と右利きにしようとしたようなんです。「スプーンはこっち(右)で持つんだよ」といった具合です。
すると一応、持つ。持つには持つのですが、全く話さなくなっちゃったと。言葉を話さない。
割とたくさん話してた子が、一言も話さなくなっちゃって、さすがにまずいんじゃないかということで、右利きへの矯正を諦め、好き勝手させたそうです。そうしたところ、何でも左を使うようになり、結果、左利きになりました。今では、すっかりおしゃべりですし、人と話すことが好きで記者をやっています。
そこで、加藤先生にお伺いしたいのは、幼少期に左利きから右利きに矯正したことで、話さなくなる拒否反応のようなものは、私に限らず起こる可能性はあるのでしょうか?
加藤俊徳先生(以下、加藤):あり得ると思います。まず、スタッタリング(stuttering)というんですけど、要するに吃音(きつおん)、どもりですね。吃音は、発話障害の一つで、発達とともに改善することが多いのですが、20年前ぐらいから、運動系の問題だと指摘する脳科学の研究があります。
運動系脳番地は、運動の計画を立てる場所と、それを実際に動かすためにスイッチを押す第一次運動野に分かれているんです。前者には、運動前野、補足運動野が含まれています。舌や口の動きも運動系が関係しているので、舌や口の周りの筋肉を動かす場所と、その筋肉を動かすためのプランニング、つまり計画を立ててから動くスイッチが入っています。(脳番地に関する関連記事:最新脳科学でついに決着!「左利きは天才」なのか?)
吃音は、この計画を立てる場所の問題が引き起こしているんじゃないかと言われています。
私も研究してきて、身体を動かす計画を立てる場所が、最初はなかなか移動しにくいのだと考えています。
左手を動かす計画を立てる場所と右手を動かす計画を立てる場所とが、充分に分離して発達していない段階で、左右の使い方を急にひっくり返すと、この運動の計画立案機能が、どうしても脳の中で、うまくネットワークできず機能しにくいんじゃないかなと。
要するに吃音は、運動計画の仕組みに問題がある可能性がある、つまり左手の矯正を強制すると運動計画のための脳番地が混乱してしまうということです。
運動計画を立てる場所はいつ成長する?
加藤:それでは、そもそも運動計画を立てる場所は、いつ成長するのかというと、実は、体を動かすことよりも、後で成長するんですよ。
まず体を動かしながら、どう動かすのかという脳機能が発達するんですね。計画を立てるほうが後で発達するんです。計画を立てる機能が体を動かすスイッチよりも後で発達するので、無理に、左右の手の働きを変えようとすると運動計画を立てる場所の変更が追いつかないのだろうと私は仮説しています。
簡単に言えば、手を動かす場所をひっくり返すと、計画はそっちの計画だったのに、途中で変更したのか!と、脳が怒ってしまう。
山本:矯正によって、脳が混乱するということですか?
加藤:はい。混乱するんだと考えています。では、混乱しないためには、いつが一番適切な時期なのか。運動前野や補足運動野の発達は、ある程度、母語が決まって10歳以降、身長や体重も増えて、身体能力が高くなるにしたがって、発達し完成していきます。
特に上手にしゃべる、口でおしゃべりすることに関して言うと、もっと遅いわけです。一般的に、手足を動かすより、口を上手に使っておしゃべりするって、むしろ大人になってから上手になりますよね。だから、そういった中で、矯正を早くすると、運動計画を立てる脳の動線の混乱が引き起こされると考えています。
実は、口の動きだけは容易に筋肉運動の麻痺が起こらないように、右脳が壊れても口が動く、左脳が壊れても口が動く仕組みになってるんです。だから余計、脳の動線が混乱しやすい仕組みだと思います。
山本:なるほど。そうすると、私みたいな拒否反応は充分にあり得るし、脳科学的には、そういう拒否反応を起こしてしまった可能性があるということですね。
加藤:そうだと思いますね。