「サイボーグ宣言」からフェムテック:ムーブメントからビジネスまで
サイボーグは人間に力を与え、人間の持つ生得的な限界を打ち破る概念だが、その力が、ヒト内の最大の種内格差、男性と女性の間を破る概念であることに気付いたのが、科学史研究者のダナ・ハラウェイである。彼女は新しいフェミニズムとして、私たちの性差は明確な二項対立ではなく、技術によって境界が曖昧になっており、私たちはその意味ですでにサイボーグであるという趣旨の宣言「サイボーグ宣言」を1985年に執筆した。その際彼女は、SF作家アン・マキャフリーが描いた『歌う船』における、重度障害を持った少女が脳接続された宇宙船について言及している。
サイボーグ宣言自体は、技術によって性差が超越可能となった現状をやや皮肉をもって示した宣言であり、技術の導入に必ずしも肯定的なわけではない点に注意しなければならない。しかし、サイボーグ宣言で示されたビジョンは、多くの人をこの分野に導くことになり、スプツニ子!氏や長谷川愛氏のように、ハラウェイに直接的な影響を受けて、性差を乗り越えるメディアアートを志向した作家も生まれている。
サイボーグ宣言のムーブメントは、昨今では女性の課題をテクノロジー志向で解決する「フェムテック」と呼ばれるビジネス領域にも影響を与えている。女性は男性と生理的な機構が異なるために、男性が多数という前提のビジネス社会において、さまざまなハンデを背負っている。トイレの設計など、女性固有の事情がいまだに十分考慮されていないケースも多い。フェムテックでは、生理や排卵、妊娠、出産など、女性が生得的に抱える特有のイベントの技術的解決も議論されており、2025年に500億ドルの価値を生む分野として注目されている。