サイボーグ技術は能力強化から生き方の多様化へ

 前回、サイバースペースで人々がアバターとして新しい自己を獲得し、活躍しつつある話に触れたが、同様に実空間のサイボーグ技術も、能力を強化するだけでなく、結果として人々の生き方をより多様にする方向へ向き始めている。内閣府ムーンショット研究開発事業が支援し、筆者もその取り組みに関わっている「プロジェクト・サイバネティック・ビーイング」では、サイバネティック・アバターと呼ばれるアバターで、高齢者や障害者などが地域を気にせず活躍できる社会をつくり上げることを目標としている。

 その中には、遠隔アバター「オリヒメ」を用いて、障害者の労働参加を手助けしているオリィ研究所も参画し、次世代のアバターの在り方を議論している。

 このように、サイボーグもサイバースペースも、そしてルーツとなったサイバネティックスも、広く言えば、科学技術が私たちの生得的な「殻」を破るというトレンドを生み出し、技術とSFの双方を刺激し、私たちの社会を導いてきたのである。

 ちなみに、サイバースペースを題材にした映画として著名な『マトリックス』を製作したウォシャウスキー姉妹(現在、姉のラナ・ウォシャウスキーの作成した『マトリックス レザレクションズ』が公開を控えている)は、『マトリックス』公開時にはウォシャウスキー「兄弟」だった。当時は兄弟として多くのインタビューを受けていたため、その名前で覚えている人も多いだろう。2人は長らく性別違和に苦しんでおり、性別適合手術を受け、現在は姉妹としてドラマや映画の製作に携わっている(ちなみに特に触れなかったが、初回で挙げたSF好きのオードリー・タンも、トランスジェンダーである)。性別適合手術は、まさにジェンダーの境界を越えるサイボーグ技術の産物の一つであるともいえる。

 エドガー・アラン・ポーの『使いきった男』や石ノ森章太郎の『仮面ライダー』のように、あるいはハラウェイがサイボーグ宣言で示したように、サイボーグ技術自体は必ずしも明るい面だけが議論されてきたわけではない。しかし、サイバースペースを描き世界的なヒットを飛ばしたクリエータ−たちが、サイボーグ技術から生まれた技術の手助けを受け、なりたい人生を手に入れた事例は、SFがつないできた「生物の殻を超え、なりたい人生を生きる」夢の、一つの美しい帰結かもしれない。