「やり方」だけでなく、「あり方」をいかに伝えるか
前田 ぼくはいろいろな企業にコンサルや研修講師として入らせていただいているのですが、『課長2.0』でも書いたとおり、みなさん一様に「リモート下のマネジメントは、まるで目隠しをさせられたままマネジメントしているみたいで大変だ」とおっしゃいます。ところが、これは本当に難題で、多くの経営陣は効果的な“打ち手”が見つからずに困っているようです。
サイバーエージェントさんの素晴らしいところは、現場で「面談を頻繁に」「3人1組で」という施策が見つかり、それが自然と広がっていったこと。そういうことが起きる「社風」があったということじゃないかという気がしますね。
曽山 そうかもしれないですね。ただ、当初はすごく大変でした。弊社には毎月、社員からの生の声を拾い上げるGEPPOというシステムがあるんですが、そのGEPPOに「リモートで何か困っていることはありませんか?」という質問を設けたら、困った事例や要望がたくさんと出てくるんですね。しかも、それぞれの意見が当然ながらバラバラでした。経営として何か手を打とうとしても、それがすごく難しいんですよ。
前田 なるほど。みんながそれぞれの立場から、言いたいことを言うわけですもんね。
曽山 そうなんです。ただそれが自然体であり、当然のことなんですよね。出社したい派の人もいれば、リモートが便利だという人もいる。どうやったって交わらないんですよね。
「家のほうが集中できる」。これも一理あります。しかし一方で、家族に小さなお子さんがいると、家で仕事をするのは一苦労。「そりゃこの人は『出社したい』と言うよな」という事情もわかります。生の声をたくさん集めたからこそ、かえって、これらの意見を束ねるのは無理だと実感しました。「社員同士であっても、判断基準はみんな違うから、意見を無理にそろえることは難しい」ということを学んだわけです。
この現実を受け入れたうえで、役員で議論して、「一律に、形式的にやるのではなく、ある程度の柔軟性を持たせつつ、大きな方針は経営で決めよう」ということになったんです。原則的な出社日・リモート日を定めるのは「大きな方針は経営で決めよう」の部分ですね。あまり柔軟性を持たせすぎては、本当に収拾がつかなくなってしまいますから。
前田 「柔軟性をもたせた」部分は、たとえばマネジャーやトレーナーの裁量で面談の頻度を増やしたり、「3人1組」といった独自のシステムをつくったりという部分でしょうか。
曽山 そうですね。現場の裁量に任せたからこそ、社内各所でトライ・アンド・エラーが行われて、そのなかから「いいアイデア」が生まれ、みんながそれを広めあっていったわけです。よく考えたら「サイバーエージェント」という会社は、昔からずっとこうして成長してきたと思っています。
前田 そもそもの企業文化のおかげで、環境の変化にもうまくマッチできたんですね。ところで、曽山さんご自身は、出社したんですか? それともリモート?
曽山 私は常に、社員の大多数に合わせることにしています。1回目の緊急事態宣言時は「積極リモート」といって、社員の7~8割がリモートワークになったんですね。このときは私もほとんどリモートでした。社員と同じ状況に身を置くことで、リモートによって迷う場面や、逆に便利な部分もわかりますからね。そして、新型コロナの感染拡大が落ち着き、出社する人が増えてきたら、今度は私も出社し始めました。
前田 常に社員の「多数派」に合わせているのは、「トップとしてある程度、見本を見せなきゃ」という思いからですか?
曽山 うーん、「見本」というより、あくまでも「社員と同じ感覚でいたい」という感じですかね。もちろんまったく同じ感覚を得るのは難しいかもしれないけれど、それでもやっぱり、同じ感覚を持ちたい。毎日リモートしている社員が7割、8割いるのなら、「それによって、大多数の社員に何が足りなくなるのか」は身をもって知っておきたいなと。そのために「多数派」に合わせています。
前田 たしかに、多数派の社員と「感覚」を共有しておかないと、役員として判断を間違うことがありそうですよね。
曽山 そうですね。それが怖いから、「多数派」に合わせているんです。
前田 なるほど。『若手育成の教科書』を読んでいて、曽山さんが若手と「目線」を合わせようと、非常に心を砕いていらっしゃることを感じました。そういう目に見えない努力が、マネジメントには非常に重要ですよね。
曽山 そうですね。理屈だけで割り切れないのがマネジメントですからね。
前田 それにしても、コロナによって、マネジメントはいきなり過渡期に放り込まれましたね。「リアル」と「リモート」の「ハイブリッド型」の働き方が主流になりつつありますが、そんなマネジメントをやったことのある人はほとんどいないわけですから……。
曽山 おっしゃるとおりですね。もともと週5で出社していた上司からしてみれば「マネジメントが急に難しくなった」と言いたくなる気持ちもわかります。ただ、あと3年か5年もすれば、この働き方が当たり前になりますからね。今は苦しくとも、慣れていく必要はあると感じます。
前田 先ほども話に出たように、出社することで無意識に得られていた「視覚的な情報」が、リモートで得られなくなったのは大きなマイナスポイントですよね。
ぼく自身も会社員時代は、「ほかの人が上司からこういうお叱りを受けている」「これをやったら褒められている」というような、第三者のバッドケースやグッドケースを見て、「ああいうふうにしたらまずいんだな」「こういうふうにしたらいいんだな」と学ぶことが多くありました。
だけど、リモートでは、自分自身の経験値で成長していくしかない。リアル出社で無意識に得られていた「視覚的な情報」の部分をどう補完するかが大きな課題ですよね。
曽山 そうですね。前田さんがおっしゃったこと、私はよく「受け身の情報」という言葉で表現しています。受け身で入ってくる情報が、リモートワークではほぼ「ゼロ」なんですよね。この部分を「面談」や「3人1組」などの施策でどうフォローできるかが現在進行形の課題です。
弊社のある幹部が、こんなことを言っていました。「マニュアルがあれば、たとえリモートワーク中心でも、『やり方』はわかる。でもリモートワークによって、『あり方』を伝えるのがすごく難しくなった」と。
言い得て妙だと思うんです。「やり方」は言葉で伝えられるけれど、「あり方」は100%言葉で伝えられるようなものではない。「受け身の情報」を浴びるなかで、「どうあるべきか?」を若手が自分の頭で考えるほかないんですよね。
そのためには、若手が「受け身の情報」を最も得やすいリアルワークの「場」を確保しつつ、マネージャーが単に「やり方」を伝えることに終始するのではなく、若手が「あり方」について考えるきっかけを与えるようなコミュニケーションをとっていく必要があるのでしょうね。(第2回に続く)