コロナ禍が始まった頃と今では
問題の質が変わってきている

 続いて、児童養護施設の現場の声を聞くため、首都圏内のとある児童養護施設を訪れた。

 施設内には、事務室、食堂、厨房、多目的室、職員室、相談室、心理療法室、地域交流スペース、そして中庭に面した複数の「ホーム」がある。このホームに、40人の子どもたちが6~7人に分かれて暮らしている。ホームは小さな一軒家のような温かみを感じるつくりで、それぞれにリビングやキッチンがあり、ある程度の年齢になると自分の部屋も与えられるようだ。中庭以外にも広い園庭があり、友達と一緒に遊ぶこともできる。訪れた日も中庭や園庭で、子どもたちが和気あいあいと遊んでいた。

 同施設で長年、職員として勤務する松田晴子氏(仮名)に話を聞いた。

――新型コロナウイルスの感染拡大は児童養護施設にどのような影響を及ぼしたのでしょうか。

 コロナ禍が始まった当初と今で、問題の質が少し変わってきています。

 当初は、圧倒的に職員の人手が足りませんでした。子どもたちが暮らす6つのホームには、それぞれ3人の職員がいて、早番と遅番に分かれてローテーションで、6~7人分の食事をつくったり、掃除や洗濯をしたりしています。夜も必ず1人、寝泊まりをしています。勤務時間中は基本的に職員1人なので、1人で子どもたち6~7人分の身の回りの世話をするわけですね。

 コロナ禍が始まり、緊急事態宣言で学校に通うことができなくなると、つねに子どもたちが施設にいる状態です。そうなると、職員たちを総動員してほとんど休む間もなく勤務していました。新型コロナウイルスの正体がまったくわからず、もしどこかのホームに感染者が出た場合、ほかのホームの子たちを濃厚接触者にするわけにもいかないので、それぞれのホームはほぼ隔離状態です。ホームをまたいで職員を融通することもなかなかできず、苦しい状況でした。

 その後、少しずつ新型コロナウイルス対策の方向が見えてきましたが、その一方で、もうひとつの問題が顕在化してきました。それが、子どもたちがコミュニケーションをする場が減ってしまったことです。児童養護施設の子どもたちにとって、人と触れる、経験を増やす、といったことはとても大事なことなのですが、今は外に出かけるということがなかなかできません。長らくホームのメンバーだけの会話です。一般家庭の家族とはどうしても違うので、そこに居心地の悪さを感じる子たちも当然、出てきます。

――子どもたちはストレスやフラストレーションがたまっているようですか。

 たまりますね。どこかで発散をしたいけれど我慢をしている、そのような雰囲気はひしひしと感じます。大きくは出さないでいてくれてはいますが、夜、眠りが浅かったりと、別の形で表面化してきている印象です。そのため、これからは少しずつコミュニケーションの機会を増やしていこうと、コミュニティづくりに力を入れようとしているところです。

――児童養護施設内のパソコンやスマートフォンなどのIT環境について教えてください。

 これは施設ごとに異なると思いますが、私たちの施設では、各ホームに共用のパソコンが1台ずつあります。今は学校からパソコンを与えられるケースも増えてきていますし、大抵の調べものはスマホでできてしまうので、1台でもそこまで不便はないようです。Wi-Fiの導入は早かったほうだと思います。自由にインターネットが使えるようになると、スマホ絡みの犯罪に巻き込まれる懸念も増えるため、あえて導入しない施設もありますので。

――スマホは基本、自分たちで用意するのでしょうか。

 そうですね。小学生はともかく、中学生以上になるとスマホが必要になってきますので、保護者が健在の子は、保護者が用意してくれることもありますし、そうでない子は、施設長が保護者を引き受けて契約することや、施設が法人契約して子どもたちへ貸与することもあります。

――保護者がいない子どもたちは、キャリアと契約ができないためですか。

 はい。それもありますし、中学生くらいですと、スマホの使いかたが少し危ないんですね。「さびしい」「孤独だ」「誰かとつながりたい」といった気持ちから、スマホを通して施設の外の世界につながりを求め、トラブルに直面するケースも少なからずあるんです。最近はサイバー警察やおとり捜査でだいぶ減ってきてはいるようですが、見知らぬ大人に誘われて実際に会いに行こうとする子もいました。施設からの貸与であれば、犯罪に巻き込まれることを未然に防ぐ可能性が高まります。

――門限はあるのでしょうか。

 原則としては、行政の「子どもたちに帰宅を促す放送」が流れる時間です。高校生は遅くとも午後10時には帰るように伝えています。遅れるときは必ず連絡を入れてもらっています。まれに連絡を入れずに帰ってこない子もいますが、そのときは皆で捜しに行きます。場合によっては警察のかたにも手伝ってもらうこともあります。

 帰ってこない理由は子どもによってさまざまですが、繰り返す子というのは、多くの場合は居心地が悪いのだと思います。こればかりは難しいですね。皆で居心地を良くしようと努めても、人間関係やバックグラウンドのほか、児童養護施設自体への拒否反応もあります。ですので、その場で注意したところで、なかなか根本的解決にはなりません。少しずつ寄り添っていくしかないんです。

――旅行や行楽施設へ行くための費用はどうしているのでしょうか。

 児童養護施設の運営資金は国や都道府県の公費でまかなわれていて、各施設はそこから子どもたちの学費や衣食住の費用、職員の給与や施設の維持管理費などを配分します。ただ、こうした公費は使い道が細かく指定されています。

 一方で、外部からの寄付金であれば、基本的には使い道に制限はありません。遊園地や動物園、美術館を訪れる際の費用や、外食やお誕生日プレゼントの費用など、子どもたちの可能性を追求したり、視野を広げるための活動にはどうしてもお金が必要ですので、それらの活動資金は外部からの資金で捻出したりします。

 私たちの施設では、定期的に「チャレンジしたいこと」を子どもたちがプレゼンする場を設けています。その内容がその子にとって意味の大きいことであったり、ほかの子の刺激になるようなものであると職員たちが判断すれば、寄付金の一部をその実現のための費用に充てることもあります。ですので、子どもたちの成長のためにも寄付金の存在というのは非常に大きいです。

 ただ、旅行に行くにも職員の同行は必要です。そのため、職員に余裕がない施設では、なかなかこうした取り組みを行うことは難しいと思います。

――余裕というのは?

 職員の心の余裕ですね。1人で6人分の食事をつくったり、掃除や洗濯をしたり、事務作業や金銭のやりくりといった目に見える作業に加え、相談に乗ったり、複雑な問題に対処したり、ご家族や児童相談所とのコミュニケーションなど、ひとりひとりに寄り添ってカスタマイズした対応も必要です。トラブルがあれば勤務時間外でも対応することもあります。何でもやらなければならない。

 そうなると、職員が数日不在となることや、そもそも、子どもたちの外での活動を支援する取り組みを行うこと自体が、難しかったりします。職員というのはいつも心に余裕がない状態です。